頂*捧/薄紅に香る夢・8






ボクは今、自宅のベッドの上です。

あの後ボクはどうやって帰宅したんだろうか。そもそもトリコさんたちとは何て言って別れたんだっけ。
そう言えば帰る途中、支配人に呼び止められた。お客様と連絡が取れたって来店日を伝えてくれたっけ。ボクはそれをそのまま雪さんに連絡したような気がする。
雪さん何て言ってたっけ。・・・そうだ確か。
『小松くん?元気無いけど、何か有ったの?』
そう言われた。
元気無い・・・元気無かったのかな?何で元気が無いんだっけ。さっぱり分からない。
ボクは目をつぶった。
不意に、4人の顔が浮かんだ。少し前に4人と交わした会話が早送りで目の前を通り過ぎた。そう、『プロポーズ』から始まって、お客様のブログを見て、それで、花の話になって・・・
ココさんとサニーさんの話を聞いた後。トリコさんが不思議そうな顔で『小松?』って言ったな。それに合わせてゼブラさんがちらりとボクを見た。ボクはそのどちらにも答えなかったけど。
そうだ。それで帰ると言ったらココさんに呼び止められて・・・サニーさんの触覚でつつかれた気もする。
ボクはみんなの顔を見ないで『用事を思い出した』って。空いているお皿を手当たり次第重ねて、慌しく部屋を後にしたんだった。
確かにやらないといけない事があったけれど、今思うと4人と一緒にいるのが嫌みたいな帰り方だったかもしれない。あぁ、きっとみんな嫌な気分になっただろうな。謝らないと。
ボクはベッドから起き上がった。携帯はどこだろう。
いつもの場所に置いてなかったから、ポケットに手を突っ込んだ。そうして自分の格好に気が付いて驚いた。コックコートのままだった。ロッカールームで鞄だけ取って帰って来てしまったんだ。何やってるんだろうボクは。
とりあえず脱いで、何か別の服を、と立ち上がって一歩。あぁ、携帯探していたんだった。と振り返ってベッド横に転がっていた鞄の中から携帯を出した。
着信と、メール。その数と名前が眼に入る。ボクは溜め息をついてまたベッドに腰を下ろした。そのまま仰向けに倒れこんだら、携帯は手から離れてしまった。音がしなかったからベッドの上にあるんだろうけど、ボクはそのまま頭を動かせずにいる。

『私も興味がある。プロがうちの花からどんな料理を考えてくれるのか』

雪さんの言葉が耳元で聞こえた気がした。
そう。ボクは料理人だ。最初にそう名乗ったじゃないか。だからボクに興味を持ったって言ったんだ。ボクだって雪さんの花に惹かれたから店に通っていたんじゃないか。それ以下もそれ以上も・・・無かったじゃないか。
ボクは目を閉じた。

『夢物語って思ってるでしょ』

「そんな事、」
・・・思いもしなかった。
本当にかなえられると思った。根拠は無いけれど、出来ると思った。
ボクには雪さんの夢を鮮明に描く事が出来た。雪さんの夢を聞いて、描けたボクもそれが出来ると錯覚したんだ。
事実、とてもリアルな夢を見た。その夢を思い返しては幸せな自分がいた。
しっかり考えたらおかしいって分かるじゃないか。ボクはホテルグルメの料理長なのに。
雪さんと料理をしている訳無いじゃないか。
何を勘違いしていたんだろう。

ボクは起き上がって、キッチンに直進した。
喉がカラカラになっていて、渇いて貼りつくような感覚が口の中から喉の奥まで伸びていた。
何か飲めば治ると思って冷蔵庫を開けた。
ペットボトルが一つ、扉を開けた勢いでガタリと音を立てた。
扉の裏側に入れていた、紅色の水。
あの日受け取ったペットボトルと同じ色の。
それは雪さんがいつもしているエプロンの色で、レシピに喜んだ時の頬の色で、それから。
・・・花の蜜を吸う仕草をした時の、唇の色で。


『小松くんの力は、本当に立派だよ』

扉を閉めないままの電子音に混ざって、雪さんの言葉も何度も繰り返される。
あの時の雪さんは、真っ直ぐボクを見てくれていた。
ボクを見ているようで見ていなかったあの日の誰か達とは違っていた。
だからボクは勝手にその先を聞いた気になっていた。それ以上の何かを言われた訳じゃないのに。


彼女の横に、誰がいたって、ボクには。


「・・・関係ないじゃないか」



ボクは今までどおり。彼女のお店に来る、お客さんの一人で、


「・・・・・・良いじゃないか」




ボクは扉を閉めた。





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