「ワシゃ、大変な事をしてしまったのぅ」 一龍は手に持った書類を眺めると、大きく溜め息をついた。 新種と持って来られた食材の数々。 その成分を確認してから持ち出すべきだった。 否、IGO内で秘密裏に作られている物を部外者に譲り分けた己の過失だ、と一龍は悔いた。 あのアルビノ。サニーと言ったか。全部食べたとすると、それに耐えられたのか。 あの後あの近辺の街を調べさせたが、『サニー』と言う名前の人物はどこにもいなかった。 あらゆる地域の該当しそうな年齢の子にも、同じ名前は無かった。 そして例の食材たちも、流出した様子は無かった。それがせめてもの救いです、と科学者が慰めのように言う。 がしかし…… 「仮に10歳の子供として。生存の可能性は、ほぼゼロに等しいかと」 プリントアウトした物を読み上げる科学者の声が、冷たく響いた。 「そうよのぅ。普通はそうじゃろうな」 …でも…いやしかし…… ふと『サニー』なる人物は、『存在しない』のではなく『名前を知る者がいない』のかもしれない、と一龍は思った。 一龍は立ち上がった。 「済まんが、例のモノと人を何人か用意してくれんかの」 「どちらへ?」 「うむ。言うなれば…『お妃探し』、かな?」 「は?!」 呆然とする科学者に物の例えじゃ、と笑って一龍は支度を始めた。 オレは、凄く良い気持ちで目が覚めた。 いや、目が覚めたってのは嘘だ。目はまだ開かない。身体も動かない。 でも不思議な事に、部屋の中の様子が手に取るように分かった。頭も凄くハッキリしているし、耳も良く聞こえる。 部屋の様子を探ると、いつもリンと二人きりだった部屋に今日は何人もいる。オジサンとオバサンと、もう一人…隣で寝ているリンを触っているのは誰だ? 「先生、どうなんだよ?もう何日も起きないんだよ」 「この二人、助かるかい?」 二人に先生と呼ばれたから、三人目は医者か?この家に来てから初めてじゃねーの、医者。 「…こんな病、今まで診た事が有りません。まして一人は変わった体質ですし、」 「あんたまさかヤブなんじゃないだろうね!?」 オバサンの一際大きな声が医者の言葉を遮った。 「高い金払ったんだ!ちゃんと治してもらうぞ!」 次いでオジサンの怒号。へぇ、お金有ったんだ。 「そう言われても…本人の体力次第、としか」 オジサンの剣幕に、医者は早々に片づけを始めた。診察料もいりません、なんて全力で匙を投げた。二人はその言葉に元気無く項垂れて、三人で無言のまま部屋を出て行った。 静かになった部屋に、オレとリンの呼吸が響いていた。 リンも倒れたのかな?大丈夫かな?大丈夫だよな。気持ち良さそうな息してるし。 オレも今までに無い位、凄く良い気分だ。さっきの医者、何かしたのかな? 大きく息が吸えて、今なら走れそうな気がした。 リン?起きたら走ってあの場所まで行こうな。 ひょっとしたら、またあのオッサンがいるかもしれないし。そしたらリンの事、オッサンに紹介するからな。『オレの家族』って。 そんな事を考えていたら、外からガヤガヤと騒々しい声が聞こえてきた。 「当てたら一生遊んで暮らせるよ!」って声が聞こえた。 「良く見て答えるんだよ?」って励ます声もした。 反対に「うちの子はダメだった」と落ち込む声も聞こえた。 何が?と思って窓の外を見ようとしたら、首が動いた。気が付くと身体も動くようになっていた。 目だけはパッチリ開ける事ができなかった。仕方なく薄っすら開いた目で起きようと力を入れたら、フワッと軽く身体を起こせてビックリした。 何だ?この軽さ。 「おにーたん?」 隣で寝ていた筈のリンも知らない間に起きていた。 「リン?大丈夫か?」 リンは首をかしげた。 「お水ほちい」 いつものリンだった。オレはホッとした。 「そだな。一緒に貰いに行こう」 ← → |