ココと蒼衣が出会ったのは、一昨年の春だった。 偶然と運命が重なったような出会いだったとココは紅潮した顔でトリコとサニーに話した。 それからもココの口から幾度となく出る彼女の話題は、時に惚気だったり、時に相談だったり。 人嫌いのココを知る二人に驚きと喜びと悪戯心を与えたりもしていた。 暫く経って知った事だが、彼女はココと同じ心を持っていた。 ココと同じ心。それは、自分に架せられた運命に対する嘆き。そして嘆きを全て包み込んだ末の諦めだった。 彼女の身体には、世間一般に言う『幸福』を手に入れるには程遠い『欠陥』が有った。 それは、常に着火した爆弾をポケットに入れているような物だった。 彼女の身体は、いつその機能を停止させる発作が起きるか分からなかった。 感情の起伏さえもその危険を孕んでいた。 そして発作が起きても、彼女には世話をして貰える身内も無く、そのため治療…高度医療…にも手が届かなかった。 物心付いた頃には既にそれが現実だった彼女は、それを疑問に持つ事もできず、ただ受け入れるしかなかった。 そのためごく普通の人生にいくつもある喜びを全て、自分には望めない物として諦めていた。 今日、この日を生きられた事が。 朝、確かに自分に鼓動があると気づける事が。 それだけが彼女の人生に与えられた唯一の幸福だったのだ。 ココは、最初は自分と同じような境遇の彼女に同情と親近感を持った。 彼もまた、ごく普通の人生を諦めていた男だった。 そしてたまたまココの方が、彼女より広い世界を知っていた。 自分と重ねあわせれば、彼女の身体と気持ちをどのように気遣えば良いかなどは普通の人間よりも簡単に分かった。 必要以上に疎まず、哀れまず。必要以上は触れず、求めず。 それ故、彼女がココと会う時間を、楽しくて安らげる時間だと思うのはあっという間だった。 ココも、自分と同じ境遇の相手と共に過ごす時間はとても穏やかだと思っていた。 ココがその気持ちを愛だと知るまで、時間はかからなかった。 同じ境遇の二人だったが、彼女にはココと決定的に違う心が一つだけあった。 二人を決定的に分けたもの。それは、彼女の全てを受け入れてくれた人物の存在。 彼女にとってその人物は、血のつながりこそ無いが母と呼ぶに値する唯一の存在だった。 対してココには、自分を支えてくれる人物は数多いたが、その誰もが『顔の無い存在』だった。 仮にある日、その存在が別の誰かに代わっていたとしても、それは問題にすらならないただの『出来事』。 マイナス1にプラス1、今まで通り。彼も当事者である人物も何も感じない、そういった間柄であった。 そんなココに無く、彼女にはあるもの。 彼女が慕い、彼女を支え続けた存在が、生涯をかけて彼女に注いでくれたもの。 それは、『無条件な愛』 その心は願わずとも彼女の内に脈々と受け継がれ、いつしか彼女は与えられる側から与える側へと成長していた。 彼女は惜しみも無く、そして分け隔てする事なく、その心を差し出していた。母親が我が子を包むような、広く深い、至上の愛。 彼女の身体は一般人から見れば『欠陥品』だったが、その内なる魂は一般人では到底真似できない輝きを持っていた。 その魂の波動に、ココは心を奪われた。 その心を、自分だけに注いでもらいたいと願うようになったのだ。 ← → |