「悪ぃ。有ったし」 サニーの言葉に、先日のリンの言葉を思い出していたトリコは、慌てて顔を上げた。 「?何だし?」 「何でも無ぇよ」 少々挙動不審なトリコに不思議がりながらも、サニーは手にした物をトリコに見せた。 「レとした事が、頼まれてた事をうっかり忘れてたんだし」 研究室でβから蒼衣の『記憶』について訊こうとしたトリコは、それと同時に、ここに来る道中のサニーの言葉を思い出した。 『オレもβに言いたい事があるし』 それは何かと聞いた所、『蒼衣がここに忘れた物があるかもしれない』との返事が返ってきた。 ならばそれを先に、とβに預かっている物が有るか聞くと、βは軽く首を傾げた。 「彼女が何か忘れたのなら、検査着に着替えている部屋ではないですか?」 サニーはその部屋に入り、暫く経った後、一冊の本のような物を持って戻って来た。 厚みがあり落ち着いた色の表紙に、どこか聖書を思わせる雰囲気が感じられた。 鍵のかかっているそれをトリコは何だろうと眺めた。 「蒼衣の、日記だし」 「日記?」 「ココんちに向かう途中に、蒼衣が突然言ったんだし」 ……そう言えば、日記がありません。 「だから、ここに忘れたんじゃねーかって。……てっきり、捨てられてると思ってたから」 サニーはβにくい、と顔を向けた。 「危うく、文句言うところだったし」 βはニヤリと笑った。 「捨てませんよ。そんな素敵な物」 二人の顔色が変わった。 「貴様、見たのか?」 トリコの問いに、βは答えた。 「鍵が、ついてましたから」 鍵がかかったそれには、鍵本体がブックマークのチャームとしてぶら下がっていた。 「答えになってねぇぞ」 「我々の事を、どう思われていたのかと、素朴な疑問が」 わざとらしくおどけた風のβに、サニーは嫌悪を顕にした。 「お二人は、気にはならないのですか?」 「人の秘密を覗くような下衆にはなりたくねぇな」 そう言うトリコに、サニーは逆の反応を見せた。 「リコ、開けてみるし。」 「サニー?」 サニーの思い詰めた顔に、トリコは困惑した。 が、すぐ、サニーの考えを理解した。 βが、その日記に何かしたかもしれない、と言う懸念。 サニーの動揺はそれしかないと考えたトリコは、自身も思い直し、躊躇いながらも鍵を手にした。 カチリ、と鍵の開く音がして、日記が紐解かれた。 パラパラと大雑把にめくる。 その流れるようにめくられていくページの端はしから、『ココ』と言う単語が二人の眼に飛び込んだ。 ふと、トリコは手を止めた。 一枚、途中で無造作に破かれている箇所があった。 その直前の日記は、『前』の蒼衣が書いた、IGOに戻る前日の日付のものだった。 『 明日からIGOで治療に入ります。 また色々な方に迷惑をかけてしまうのかと思うと申し訳ないけれど。 でも、また一歩。健康になれると思うと、すごく嬉しい。 無事に終わりますように。 ココさんの所に早く帰って、春の支度を始めないと。 』 そこから先は、白紙だった。 書かれていた内容にトリコは小さく息を吐いた。いたたまれないと言った面持ちだった。 同様に溜め息をついたサニーだったが、サニーの顔には安堵感があった。 トリコは、そんなサニーの様子を見逃さなかった。 「…最後に、何か有ったのか?」 サニーに聞いた。 「お前は正直だな」 サニーの目の動きを、トリコは皮肉った。 何か知っているとしたら、迎えに行った時だろう。何だ?と穏やかだが威圧的に聞いた。 トリコの表情に、隠し切れないと感じたサニーは、静かに口を開いた。 「…蒼衣。珍しく、処置を嫌がってたんだし」 「何故?」 「わかんね。…で、暫く一人にして欲しいって頼まれたから、その通りにして」 一人で神様に祈りたいって言うから、あの部屋に一人にさせてやって。 後はいつも通り、一時間ほどして普通に出て来て、そのまま処置に入った。 サニーはそう答えた。嘘は言ってないとトリコは感じた。 「蒼衣はこれを持っていたのか?破かれたページは?」 「レは……蒼衣が信じている神の教えだと…日記とは思わなかったし」 だから、何か書いてたのかなんて分からない。そう言ってサニーは口をつぐんだ。 サニーの言葉に、トリコは白紙の箇所もパラパラとめくった。 すると、最後のページも何枚か同じように破かれていた。 「…誰が破った?」 トリコはβを問い質した。 「…ご自身で、メモにでも使ったのではないですか?」 「貴様じゃないんだな」 「利益の無い事はしませんから」 βの答えと他にβが何かをした様子が無い事に、トリコは心に引っかかる事を残しつつも納得し、サニーを見た。 「蒼衣に渡しても大丈夫そうだ」 サニーは小さく頷いた。 「お二人は読むのがお早いですね」 突然の言葉に、二人はβを睨みつけた。 「読んでた訳じゃねぇし」 サニーの言葉に、おや、とβが笑った。 「愛する人の名前が散りばめられていて、まるで物語のようでしたよ?」 「感想なんか聞いてねぇぞ」 βは二人の様子を楽しそうに眺め、そのまま続けた。 「お二人も頻繁に登場してまして。できれば、私の事も書いて頂きたかった」 「全く分からねぇヤツだな」 トリコは抑揚の無い口調でそう言うと、冷ややかに笑った。 「この話は終わりだ。」 そして勢い良く日記を閉じた。 ← → |