「次は……」
さて、どこの棚のどの本まで確認したっけな。と伸ばした手をさ迷わせていたら、偶然同じような手にぶつかった。
「スパーダ……も、ここの棚を探しているのか?」
「ん、いやオレはテキトーに。どうせ面倒な調べ物はルカがやってくれっし」
めんどくさそうにそう言ったスパーダは、どこかそわそわしていた。
「……何か言いたいことでも?」
「そういうわけじゃねぇけど……」
なにがしたいのかよく分からない。いつもみたいにはっきりモノを言えばいいのに。どうせそんな口篭る話ではないだろう。
そんな失礼なことを考えながら、かれこれ数十冊目となる本を手にとる。
「元剣とは思えない切れの悪さだな」
「おいなまえ、そりゃあどういう意味だコラァ!」
「そのままの意味だ。ここであまり叫ぶとアンジュにサボっていることがバレるぞ」
それを言われると流石のスパーダも口を閉じないわけにはいかないらしい。私はひたすらに本のページをめくる。
「…………」
「黙って見つめられても困る」
「なまえ、なんでチトセとかいう女追っかけてんだ?」
「なんだ?また早く家に帰れと言いはじめるのか?家には用事が終われば帰ると言った」
はあ、と深い溜息をつく。またその話か、同じ話を聞くのは時間の無駄だ。
「ちげーよ。……言いたくないならいい」
今日のスパーダは様子がおかしい。理由はこれっぽっちも分かりはしないが。
「仕方ない」と小さく呟いて手元の本をパタンと閉じる。そして代わりと言ったらなんだが、本棚を背もたれに床に腰を落ち着ける。
「代わりに昔話でもしてやるから聞け」
そう強引にスパーダの腕を引き、隣に座らせる。
「昔々ラティオとセンサスという国があった。国同士は争いを続けていた。そんな時、ラティオのイナンナとぜんせはセンサスへ亡命してきた。ぜんせはイナンナに仕えていて、彼は彼女を敬愛していた」
だからなんだ。と言いたげなスパーダを構わず続きを話す。
「しかしセンサスへ亡命してきて以来、ぜんせはイナンナが本当に自分が仕えるに相応しいのか疑問に思えてきた。彼女に自らの命を懸けるに値するほどの価値があるのかと……。日々そう考えるようになった」
彼女について亡命までしてきたというのに不思議な話だ、全く。
「しかしある時そんな苦悶の日々に、終わりがきたんだ」
目を閉じれば、瞼の裏にその時の光景がありありと映し出されるようだ。それほどハッキリと覚えている。あと何度転生しようがこれだけは忘れないだろう。
「――――はじめて花の精と出会ったんだ」
花の精?と呟き返すスパーダに深く頷く。納得はしていないようだがこれでいい。「話はここまで」と腰を抑え立ち上がり、またあの目が痛くなる作業へと戻る。
その後、アンジュの集合という声がかかるまで作業は続いた。
昔話のあとはスパーダの妨害がなかったので、比較的スムーズに作業は進んでいったが、生憎私の調べていた棚には目的の情報はなかった。
「みんな調べた内容を発表してみて」
「じゃあ、僕から。ガラムのケルム火山では昔から独自の鍛冶の神様を奉じているみたいだね」
ガラムといえば鉱山で有名である。また鍛冶職人の多い町としても知られている。そのことから、職業神として独自の様式が発展していったのだろうとのことだ。
「もとは同じ教会圏だったんだけどね。確か、ケルム火山が聖地とされていたかな」
「あと、アシハラって国だね。歴史が古く、異文化みたいだから何か手付かずに残っているかも」
首を傾げつつ言うアンジュに、ルカがそう続けた。スパーダがサボっている間にルカがどれだけ頑張ったかがよく分かる。
「行ってみる価値はありそう。同じようにガルポスやテノスも行ってみないと。リカルドさんは、何かありますか?」
「いや、何も…」
「そうですか。ところで――」
寝心地はいかがでしたか?
そう続けたアンジュに、リカルドは冷や汗をかく。予想はしていたことだが、このオッサンはまたかと思い軽く肘で突く。
「……暗くて静かだ。眠るにはこれ以上ない場所だな」
「あんなぁ、めっさでっかい鼻ちょうちん出来とってんで」
「エルも、口元をきちんと拭いておきなさい。よだれの跡、すごいから」
自らも寝ていたくせに、リカルドだけを売って自分一人逃げようとしたエルマーナに、アンジュの厳しい声がいく。彼女が大量の調べ物をしながらどのように監視していたかは謎だ。
「次、向かう所が決まったようね」
「アシハラ、テノス、ガラム、ガルポスかあ。世界中を巡る事になりそうだね」
しかしここでひとつ思い出さなければならない。今世界は戦争中だ。テノスやガラムは陸路だが、アシハラだけは海の向こう。船がないことにはどうしようもない。
「俺がなんとかしよう。多少なりともコネがある」
そこで珍しくリカルドがやる気を出した。といっても私達が調べ物をしている間寝ていた分、もっとキリキリ働けと言いたい。私と同じようなことを思った者はやはり嫌味を言ったが、結局船の手配はリカルドに頼むしかかい。今回は仕方ない許してやろう。
先に港で待ってるとのことで、リカルドはとっととこの地下を抜け出して行ってしまった。
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