「迷っちゃった……」


手元の時計を確認するが、試合がはじまるまでもうあまり時間がない。焦る気持ちを抑え、再びポケットを探るが、指先には布地の感触しかなく望みの物は見つからない。

アジア予選の決勝ーー皆の応援をする為、塔子ちゃんとリカちゃんとスタジアムに来たところまではよかった。そこで時間に余裕があるからと、トイレに行ったことが全ての失敗だった。
混み合うトイレに時間を取られ、ようやく出てこれたときには時間はぎりぎり、おまけに来た道を忘れてしまった。
チケットの半券があれば、席番が分かるが、半券は鞄と一緒にリカちゃんに預けて来てしまった。携帯も同じく鞄の中。


「ど、どうしよう……」


闇雲に歩き回って探すには、スタジアムは広すぎた。最早自分がどこにいるのかすら分からない。
最近できたこのスタジアムは五万もの人を収容することができるのが売りであったことをふと思い出す。

かくなる上は迷子放送をかけてもらうしかないが、中学生にもなってそれは恥ずかしい。すごく恥ずかしい。そうするくらいなら立ち見で試合を観たほうが全然いい。


「あれ、そこにいるのはもしかしてよこうちさんじゃないかい?」
「…………ん?」


不意に背中から聞こえてきたその声は、私のよく知っている人のものだった。「アフロディくん、」と振り返るよりも早く、その人は私の目の前に現れた。
視界の端でふわりと揺れる金髪に、相変わらず綺麗だなあなんて呑気に思ってしまった。


「よこうちさんも来てたんだ……って、聞くまでもないね。円堂くんたちを応援しに来たにきまってるから」
「久しぶりだね!アフロディくんも試合を見に来たんでしょ?一人なの?平良くんや出右手くんは一緒じゃないの?」


思わぬ再会についついテンションが上がる。
ネオジャパンの一件で知り合いになった彼らは一緒じゃないのかと、淡い期待をこめて周囲を見回せすが私たちの他には人っ子一人いない。


「ふふっ……そうだね、残念だけど今日は僕一人だよ」
「そっか……けどアフロディくんと会えただけで嬉しいな!元気そうで何より」
「ありがとう。よこうちさんも探していた答えが見つかったようでよかった。前よりスッキリした表情をしているね」


前に別れたときは病院で、怪我をした姿を見たのが最後だったから、こうして改めて元気な姿で会えるとほっとする。
ネオジャパンの練習に付き合っているときに、世宇子中の人たちからアフロディくんの様子を聞いていたにも関わらずだ。
互いに互いのことを心配していたと分かり、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。


「あ、そういえばもう試合が始まっちゃうんだった。アフロディくんもはやく、席に戻らないと……もしかして私みたいに迷子?!」
「あはは、僕はこっちであってるよ。むしろよこうちさんのほうが、」


 私がアフロディくんの台詞に違和感をおぼえるのと、よく通る声で彼の名が呼ばれたのはほぼ同時だった。


「おい、いつまでほっつき歩いてんだ。もう試合が始まるぞ」


燃えるように赤い髪をした男の子が慌てたように走ってきて、アフロディくんの手を強引に掴んだ。
突然現れた彼は、これまた鮮やかな赤いユニフォームを着ている。これは決勝でイナズマジャパンと戦うチームのユニフォームだ。塔子ちゃんとリカちゃんがそう教えてくれた。

と、そこまで思考して、ようやく恐ろしい答えに辿り着いた。

「嗚呼、ごめんね。知ってる顔を見かけたものだからつい」
「ついじゃねえよ。何時まで油売ってるんだ」
「も、もももしかして……アフロディくんって……」


お洒落な私服だなあと呑気に思っていたアフロディくんの体を、頭の先から足の先までもう一度見直す。
それが今現れた彼と全く同じものだと、気づいた瞬間私は思わずその場で飛び上がりたくなった。自分の鈍感さがこんな所でも発揮されるとはゆめゆめ思っても見なかった。


「そうだよよこうちさん、僕たちがファイヤードラゴンだ。……言おうか迷ったんだけど、タイミングを逃しちゃって」
「ごごごごめんなさい!私ったらアフロディくんに会えたのが嬉しくてつい舞い上がって……大事な試合前に本当にごめんなさい!」


まさか迷子ついでに試合前の大事な選手を無駄話に付き合わせていたとは。
赤い髪の男の子があからさまに呆れた顔をするのも仕方ない。


「さっき向こうの方で雷門の子を見たから、よこうちさんもそっちから来たんじゃないかな」
「それ本当?よかったぁ……アフロディくんありがとう!試合がんばってね」


最後まで綺麗な笑顔な彼に、私も同じ笑顔で見送る。

その背中が曲がり角に消えるまでそうしていたら、不意に赤い髪がこちらを振り返った。遠くて表情はよく分からない。
私は何かを言わなくちゃいけない気がして、だけど言葉は急に出てこなくて、結局口をつぐんだまま彼に向かって手を振った。
それが正しいのか分からなかったが、彼は一瞬驚いた顔をして、一度だけ手を振り返してくれた。


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