Cleome
毎日帰宅してはいるけれど、
シャワーを浴びて、少しばかりの飲酒と、瞬きほどの睡眠を貪って、また着替えて出かけていく。
食事は会社のデスクで、社内会議やらクライアントとの打ち合わせの合間を縫って
コピー用紙と端末を交互に見ながら齧り付くカロリー爆弾と言っても過言でない、ビスケット状のそればかり。
あと、摂取していたものといえば
エコノミー症候群対策に1日数回、気分転換を兼ねての喫煙と、味や香りなど二の次で覚醒効果だけを期待してのブラックコーヒー。
カフェインの摂取量は日をおう毎に増えていったような気がするが、代わりにニコチンの摂取量は以前よりも減った。
そんな生活が続いている事に気が付いたのは
ゴールデンウイークを目前に控えた4月の末。
年度末から年度始めにかけて、やたらと落ち着かなかった仕事もようやくゴールが見えてきた。
ブラックコーヒーばかりを煽る日々は、これで暫く訪れないだろう。
そう思って、贔屓にしていたのに随分と足の遠のいていたコーヒーショップの新しいフレーバーを買ってきて頂戴と、部下に頼める位の余裕ができた午後。
買い物を頼んで、財布から出したコーヒー一杯には多すぎる額の札を手渡しながら、
みんなの分も適当に、と伝えるとつい一ヶ月前まで学生だった彼女は顔をほころばせた。
残った昨日までのタスクとは比べ物にならないくらい微々たるそれらを片付けていたら
ほとんどプライベートの連絡を受信しない携帯が着信を告げる。
『ワシや』
通話を始めると食い気味に、
電話の向こうの真島が宣言した。
「分かってる。どうしたの」
『メシ、行こか』
携帯を耳と肩で挟んでから、二つあるディスプレイの一つの画面を切り替えて、業後のスケジュールを確認する。
いくつか会議の予定があるけれど、幸いにも社内会議ばかりである。
透子は携帯を挟んだまま、キーボードを叩いて、無表情にそのスケジュールを組み直した。
「丁度、今日はなにもなかったわ。グッドタイミングね。」
『さよか。ほな、夕方にでも連絡するわ』
それだけ伝えると、すぐに通話は遮断された。
程なくして、先ほど買い物を頼んだ部下が透子にコーヒーを手渡した。
ありがとう、とお礼を言って受け取ると、
芳ばしくて、いい香りが鼻をくすぐる。
「なんか、鈴木さん、嬉しそうですね?」
「そうかしら。」
言いながら、久しぶりに背もたれへ身体を任せてみる。
そういえば、毎週水曜日は
ノー残業デーとやらだったじゃないか。
数ヶ月ぶりに思い出して口に出せば、
約一ヶ月、業務を共にして分かった割と勘所の良い聡明な彼女は透子の発言の意図を汲んで笑顔をこぼした。
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