待ち合わせまでは小一時間ほど。

久しぶりに定時そこそこで会社を出れば、
随分と日が伸びていることを知った。



カフェかどこかで時間をつぶそうかと、街を徘徊していたら
春物のパンプスと、その隣では季節を先取って夏物のサンダルが展示されたショーウィンドウが目に入る。


そういえばここのところ、靴なんて買っていない。

冬物のブーツはシューズボックスにしまって、
代わりに出したヒールは
そういえば随分長いこと活躍している。



店内に入ると、販売員の不必要に高い声で出迎えられる。
その声に少しだけ気後れを感じつつも、
特に目的もないままに物色しはじめた。


『new arrival』のカラフルなポップに目を向ける。


陳列された中から、ひとつを手に取ってみた。

オフホワイトのありがちでハズレのないそれだけれど、高めのヒール部分だけがパイソン柄にデザインされていた。


すぐにこれから会う人物を連想してしまい、
思わず頬が緩んだ。

そっと陳列棚に戻そうとしたところで、人当たりの良さそうなスタッフに声をかけられてしまい、
少しだけげんなりとした気持ちになるけれど、
表情には出さず笑顔で返した。



「お仕事帰りですか?今、部分的にアニマル柄を入れるのがトレンドなんですよ。」


身振り手振りを加えながらも、ニコニコと笑顔を崩すことなく捲したてるスタッフに思わず圧倒される。


「パイソン柄って少しきつい印象ありますけどこれくらいだとちょっとしたアクセントになる、って人気なんです。よかったらおサイズご用意させてもらっても良いですか?」


一息で言い続けて、極めつけの営業スマイルを振りまく彼女は、きっとこの店で売り上げが良いスタッフなのだろう。

こうして若干強引なトークを繰り広げつつ、
何気なく、透子と陳列棚の間に立ち位置を正しているのだから。

もはや彼女に断りを入れなければ手に取ったヒールを棚に戻すことすら叶わない。


感嘆を覚えつつも、改めて断りを入れようとしたところで、急に肩にズシリと重みを感じた。



「ソレ、買うんか?」



肩に回されたスーツの腕と黒革の手袋をした手。
それから、ふわりと香るのは香水と整髪料が混じった匂い。


「真島さん…。いつの間に、っていうかどうしてここに居るんですか。」


突然の待ち人の登場に驚きつつも、
それをおくびにも出さず返事をする。


ちらりと正面のスタッフを見れば、先刻までの清々しい営業スマイルは若干、引き攣っている。


すでに透子は見慣れてしまっているけれど、
真島の風態を思えば当然の事だ。


「どうしてもなんも、透子がこの店入るの見掛けてん。欲しいんやったら買うたるでぇ?」


アイパッチをしていない方の右目を細めてニヤニヤと笑う真島。

この様子だと、透子のことは随分前から見つけていて、彼女がこの靴を手に取った理由も大方分かっているのだろう。


白々しいとは思いつつも、透子は渾身の作り笑いを浮かべて、目の前のスタッフの手に、自分が持っていた靴を手渡した。


「色々と教えてくれてありがとう。けれど、御免なさいね。私、パイソン柄って余り好きではないの。」


それからくるりと振り返って、
肩に回された真島の腕を振りほどく。


「ヒヒヒッ、相変わらず、いけずなやっちゃなぁ」


その様子に、何が面白いのか肩を揺らしながら真島は笑うと透子に振り払われた手をポケットに突っ込んだ。



「嬢ちゃん、すまんな。ひやかしやって。」



そう言って、まだ引きつった笑顔のままのスタッフの肩をポンと叩くと、

数歩先で振り返る透子の腰を引き寄せて歩き始めた。






【 Cleome 】



小さな愛は

いつまでも、秘密のまま








2016/04/27



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