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人間、同じような行動をしていると無意味に安心するもので。

透子が、仕事終わりに駅までの道すがら、必ず寄るのがコンビニ。
よほど終電に間に合わないとかでもない限りは毎日必ず寄っていた。

購入するのは煙草を一箱と
1日分のビタミンCが摂取できるという小瓶に入った清涼飲料を買うことにしている。



自動ドアをくぐっていつも同じ場所に陳列されている
決まった商品を手に取り、
レジでいつもの番号を伝え、
決まった小銭を支払う、シンプル且つ機械的な行動。

けれど今日の店員はいつもの店員ではないから、小銭を出すのと同時に

レジ袋は必要ない。と伝えた。


伝えたはずなのに、
ルーチンをこなす店員は当たり前のように煙草と小瓶を
ご丁寧にレジ袋の持ち手をねじった状態で寄越してきた。


レシートを差し出す店員にジェスチャーで不要なことを伝えると、
透子はレジ袋を持ってコンビニを出た。



コンビニの出入り口から少し離れた場所に設置された灰皿。

ここで一服し、ビタミンCを摂取してから帰宅するのが透子の常である。



買ったばかりの煙草を取り出して、フィルムを剥がす。

最近では一日一箱と決めている。
仕事が馬鹿みたいに忙しくない限りは。



ふぅっと白い煙を吐けば、
それはそのまま外気を表す空気となって
いつまで息を吐き続ければいいのかわからなくなる。



そんな子供じみたことを考えていたら、
灰皿を挟んだ隣に臙脂色のジャケットが目に入った。



「こんばんは」



長身の男は、透子と同じように煙を一度吐いてから、こちらを見ずに言った。

最初の頃からそんな態度なものだから、しばらくの間は
それが自分に向けての挨拶だということに気付けなかった。



「…こんばんは。」


「今日も遅くまで、お疲れ様。」



その労いに対しては、透子は少々睫毛を伏せる事と
かなり微妙な、息継ぎのような会釈で答えた。

けれども、男はその透子の行動に満足しているようなので
いつもこれ以上の応対はしないし、
これ以上の会話が続く事もない。


そのまま無言で、

紫煙を目で追ったり、
今日こそ洗濯機を回さなきゃと思ったり、
そういえばそろそろ買い置きのコーヒー豆がなくなる頃だ、

なんて思っていたら、
あっという間に煙草の一本など灰に成り代わる。


一服が終われば、手首にかけたままのレジ袋から、
小瓶を出してビタミンCを摂取する。


こんな道の往来で、いい歳をして
買った物をその場で煽るなど
恥ずべき事なのかもしれないけれど、

ゴミの分別に煩い昨今、
家に持ち帰ってからこの瓶を処理する事を考えたら
その場で中身を煽ってきちんと分別してやる方がエコだと思った。


煙草によって破壊されたビタミンCをこんなもので補えるのか疑問にも思うけれど
肌の質は悪くないから、
それなりの効果はあるのかも知れない。


腕時計は今から駅に向かえばちょうどいい電車に乗れる時間を指していたので
残りのビタミンCを一気に飲み干して、背後のゴミ箱へ小瓶を放る。

ガチャン、という音で分別が完了した事を理解して帰路につこうとした時。


「知ってる?ビタミンって人間の体内では生成できないんだ。」


いきなり男が言った。

思わずそちらに顔を向けると、男は正面を向いたまま続けた。


「だから、外から摂取しないといけないんだけど、水溶性ですぐに排出される。」


難儀なもんだよね、と付け足す男の言ってる言葉の真意を図ろうとも思ったけれど、あまり意味はなさそうだ。


「知ってます、けど。」


何やら少し楽しそうで不審な男を
そのまま無視をしてしまうのも選択肢にあったはずなのに、何故か応えてしまった。

そこで初めて男と目があう。


「うん、そうだと思った。」



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