謎のやり取り。

口の端だけで笑う男は胡散臭い事この上ないのだが、どこか惹きつけられる。

そうであっても、やはり訝しんで、
眉根を寄せる透子に対して
男は今度はやたらと真面目な表情を見せた。



「つまるところ、何が言いたいかというと」



そこで、言葉を切って男は透子から視線を外し正面に向き直る。

その表情は街中のネオンに照らされているのに空虚だ。



「君とお近づきになりたいんだ。」



顔と行動に見合わない陳腐な誘い文句。

バランスの悪い返答に思わず首をかしげて、
素直な気持ちが口をついた。



「意味がわかりません。」



単刀直入に答えると、一拍おいてから彼は笑った。

笑いながら、そうだよねぇ、と付け足されたなんとも的外れな返答に
思わずつられて、柄にもなく吹き出したりして。
笑ってしまった。

何がそんなにおかしいのか自分でもよくわからなかったけど、
一度こみ上げてきたものは、なかなか収まりがつかなくて
こんな時間に似合わない笑い声を上げてしまう。

余りにも透子が笑うものだから、
彼は後頭部をくしゃりと掻いて、
もう一本煙草に火をつけた。

そして、透子の笑いが治まりつつあるタイミングで、切り出す。


「今度飲みにでも行こう。
ウィスキーに合う美味い燻製を出す店、知ってるんだ。
あ、俺は今からでも良いんだけど。」


「ふふっ、行ってみたいかも。でも今日は、ちょっと」


洗濯機を回さないと明日履くストッキングがないもので。

頭の中で続けると、彼もそれ以上は追及しなかった。

別の事を考えておかないと
またすぐに笑いがぶり返してきまいそうだった。


「今度、お互いの都合が良い時に。
また、誘うよ。」


それだけ言うと、彼はもう一度こちらを見て、
じゃあ、またね。と片手を上げてスタスタと歩き去ってしまう。


その背中を眺め、笑いすぎて目尻に溜まった涙をすくっていたら
急に現実に引き戻されたような気持ちになる。


否、今の唐突な出会いもきっと現実には違いないのだろうが。

今思えばいったい何だったのかよくわからないまま、
透子も駅に向かって歩き始めた。


ふと気づいて時計を見たら
乗りたかった電車にはもう間に合いそうもない。



「飲みに行こう、か…」



なんとなしに、そう呟いて、
少しだけ楽しみにしている自分に気がついた。




【 beginning 】



きっかけなんて、そんなもの。






2016/03/08



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