※病んでます。怖いです。





(○月×日

髪の長い女性、茶色の掛かった髪をアップで結んでこれみよがしにリップで塗られた唇。──好みの年上の女性。──が笑ってた、楽しそうに笑ってた。俺と居る時は見せない笑顔。照れたようにチークで柔らかなピンクをつけていた頬が僅かに染まった。憎たらしい憎たらしい憎たらしい。──ってば俺が一番って言った癖に、なんで他の女性と楽しく話すのか。ああ、ムカつく。死ねばいいのに、死んじゃえばいいのに。あんな顔、潰れてひじゃげて死ねばいいのに。そしたらきっと──だって嫌いになるよね。ひしゃげた醜い顔なんて絶対嫌いに。そうだそうだそうだ。殺せばいいんだ。殺せば)


以下、解読不能。


(○月△日

あの女が死んだ。醜い顔だった。本当に笑えるよ、そんな醜い顔なら──じゃなくて俺が好きになってもいいかも知れない。でもごめん、俺が好きなのは──だけだから。ひしゃげた顔が君にはお似合いだ。まあでも引っ掻かれたのは想)









ブブブブブ、

不意に携帯電話がけたたましくバイブ音を響かせ、机上の上で振動する。──は書いていた手を止めて携帯を包帯の巻かれた手を伸ばして取る。小さなディスプレイに表示されたのは紛れも無い(平和島静雄)の名前。──は面倒臭そうに溜め息を漏らしながら開くと、電源ボタンを長押しして数秒後に真っ暗になったディスプレイを一瞥し真後ろのソファーに投げ捨てた。

そして飽きたのか書き途中のノートの上にシャーペンを投げやりに置くと天井を仰いだ。高い天井から注ぐ光に目を細めて包帯の巻かれた手を眺める。
なにを思ったか──は片手で器用に包帯を外しに掛かる。はらはらと布が床に落ちると同時に隠れた素肌が晒されて行く。肌に直接巻いた布には赤く斑点が浮かび上がっていた。
だが、完全に素肌が晒された瞬間、音を立てて玄関が開く。と同時にバタバタとこちらに向かう足音が部屋に響いた。──は素早く手を裾に隠すと訪れた人物の方を見て立ち上がる。


「やあ、シズちゃん」
「臨也…おまえ…」

薄い笑いを浮かべて入って来た人物を歓迎する。入って来た人物、静雄は──の姿を目に捉えて普段の彼からは考えられない程に哀しみに満ちた表情を滲ませて、──の前に立ち、幾分か痩せたほそっこい身体を抱きしめた。


「シズちゃ、ん?どうしたの…?」
「また、やったんだな…」

何もかも知った口振りで言われた言葉に、抱きしめられた──の肩が僅かだがびくりと跳ねる。ほんのそう、僅かに。けれど数秒要して返されたのは綺麗な、笑顔。


「なにを言ってるのかな。また、なんて俺、今日は君にちょっかいだしてないよ」

「…っそうじゃなくて」

「シズちゃん」

無邪気な笑顔で何も知らない様子で、──は返す。静雄は歯痒そうに言い返そうとするが、凛と響く声により途切れた。
もう何度繰り返した会話だろうか。それすら分からない。分からない程に繰り返し定期的に交わされる、会話。

静雄は日に日に痩衰える身体を、優しく抱きしめて無意味な謝罪をした。


「…わるい、な」

「あははははは、だからなに言ってるの。わからないんだけど」

「だけど、これは…」

「シズちゃんがなにを言いたいかは知らないけど、きっと君が望む答えなんて俺は持ってないよ」

いつもそれで終わる繰り返される会話。狂ってるなんて分かってたけど、ただそれしか言えなかった。
信用、してない訳ではなかった。


「…俺はおまえだけが好きだ」
「急に愛の告白?嬉しいね」
「…大好きだ」
「うん、俺も」





けどね、もうダメ。

──は、臨也は、静雄の首筋に顔を埋めながら好きだと口にする言葉とは裏腹に冷めた瞳で小さく声に乗せる。静雄には聞こえない音量て、小さく小さく。

もう、これで20回は越えたよ
その台詞だって21回め

だけどシズちゃんは全然わかってない
何度示したってわかってない


汚いの、
赤い血が、
すっごい汚い。

洗っても洗っても洗っても洗っても洗っても洗っても洗っても洗っても、落ちない

だから、シズちゃんも罰を受けるべきだよ。大丈夫、君にはひしゃげた顔なんて俺が望まないから、安心して。

落ちない血はね、
上からまた別の血を流せばいいの
シズちゃんの血はきっときれい

大好きって言われるの好きだけど




もう、ダメだよ。






ただただ抱きしめてくる静雄の背中に、臨也は腕を伸ばして首筋に絡み付く。静雄は気付かない。臨也は笑う。絡み付いた手の裾からストンと落ちてくる細長い針。針先にたらりと塗られたなにかが零れる。

静雄は知らず、腰に回す手に力を込めた。

「大好きだよ、シズちゃん、」









裾から見えた手の甲は、まるで誰かに引っ掻かれように爪の跡がくっきりと刻まれていた。










(○月○日

久しぶりに日記を読み返した。20ページはあるのか。結構書き込んだもんだと苦笑してみる。恨み言ばっかでまともに書いたのは初めてだろうけど。いや、きっとまともじゃない。この日記も今日で終わりだ。だって必要がないのだから、これできっと、いやもう二度と、──の瞳に俺以外が映ることはない。泣きすぎたのか今はただ掠れた声が寝室に響く。ごめんなさい、なんて何故謝るのか。謝らなくていいのに、だって好きなんだろ?俺が。だから安心すればいい。ああ、そうさ。可愛がってやるよ。











なあ、臨也)





さあ、狂ってたのはどっち?

(ごめ…なさい…ごめ、ん…お願いだから…っ出して…)

(ああ、本当に分かってない)





end




後書きという補足

最初だけ見ると狂ってるの病んでるのは臨也に見えます。
だが本当に病んでたのは静雄のオチ。
最初の日記は臨也のように書いてますが、あれを書いてるのは静雄です。
そして臨也はそれを知っていてこれ以上大好きな彼が病むなら殺すしかないとしますが、不可能に終わり。逆に監禁されちゃってます。殺されるより絶望的な状況で終わり(汗)

裾のは臨也はただの怪我。最後の裾表現は静雄の手の甲。ちょおわかりにくい。
“──”がポイントです。




(間違い探しの僕ら)
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