ぼくの女神さま | ナノ

黒髪の乙女

レギュラスside

ヴィーナは最近変わった。
「私の顔に、何かついてますか?」
久しぶりに顔を合わせたヴィーナは、以前とは少し雰囲気が変わった。
「なにもついていませんよ」
「そう?」
彼女は安心したように笑った。

ホグズミードの約束を彼女は忘れてはいなかった。玄関ホールで待ち合わせをして、二人ならんで校外の道を歩く。
黒いコートに、紺色のマフラーを身に着けた彼女。そこでグリフィンドールカラーのマフラーを用いないのはさすがヴィーナだ。
「雪、やんで良かった。ホグズミードまで行くのに吹雪いたら大変だから」
彼女はそう言って目を細めた。
その横顔を見つめて、僕はあることに気づいた。
ヴィーナは普段から化粧っ気がない女の子だった。けれども、今日はその唇はほんのりと色づき、傍に寄れば何か花のような優しい香りがした。

違和感とはまた違った、微かな変化。
それでも、意識してしまえばなんとなく気になるものだ。
「ヴィーナ」
「え?」
「手を貸して。滑ると大変だ」
僕は彼女の手を握って笑う。彼女の顔はサッ、と赤くなり「大丈夫」としどろもどろに言う。ああ、そういうところは変わってないな、とホッとしながら僕は彼女を連れてホグズミードの表通りを目指した。

「ホグズミードはよく来る?」
そう問えば、彼女は首を振った。
「3年生のころは友人と来ていたけれど。最近は全く」
「じゃあ、最初にハニーデュークスにいきませんか?先月改装したらしくて」
そう提案すれば、ヴィーナは嬉しそうに笑った。
「ハニーデュークスのお菓子、大好きです」

ハニーデュークスで買い物を済ませた後、三本の箒に入ればそこは生徒や引率の先生方がたくさんいた。もちろん、それは予想していたことだけれど。
「あれっ?レギュラス?」
「ハーイ!レグ!」
声の方に視線をやればそこには先日ホグズミード行きを断ったスリザリンの上級生。
「こんにちは。ここで休憩ですか?」
「ええ、だって外寒いんだもの。マダムのバタービール美味しいわよ?」
「一緒にどう?レギュラス」
ヴィーナが一歩引いているのを良いことに、ミス・コーカードが僕の右手を引いた。まったく、強引な人だ。と、思ったその時。

「!」
ヴィーナが繋いでいた手の力をわずかに強めた。
彼女に引かれた腕に、僕が振り返れば彼女はハッとしたような顔をして「ごめんなさいっ」とパッと手を離した。
その姿に僕はなぜだか嬉しくなったのだ。
「すみません。この子とデート中なので」
そう一言添えて、驚いた顔をしてみせたコーカードの手を腕から離した。僕はヴィーナを店の奥のテーブルへと促す。
「あの」
「彼女たちのことは気にしないでいいですよ」
ヴィーナは苦笑して、マフラーを外して黒いコートを脱いだ。温かそうな赤と紺のアーガイルセーターにプリーツスカート、黒タイツに包まれる足。私服姿を見るのは初めてではないが、正装とはまた違った新鮮さは否めない。

「ラフな格好も案外似合うね」
「えっ」
突然僕が放った一言に、彼女はロメスタが運んできたバタービールをこぼしそうになっていた。
大丈夫ですか?とハンカチを差し出せば、彼女は顔を赤くして「ありがとうございます」と呟いたのだった。


「ヴィーナ。」
「なんですか?」
「今年のクリスマスですが、良かったらブラック家に遊びに来ませんか?」
「え?」
ゆっくり、顔を上げた彼女は驚きの表情を見せていた。
「ヴィーナは毎年ホグワーツに残っているんですよね?」
「・・・はい。」
彼女が、夏休み以外はアルバーン邸に帰らないのは知っている。
それは、自分だけがグリフィンドールだという負い目のせいだろう。
「父と母もまたヴィーナに会いたいと言ってますし。どうですか?」
そう尋ねれば、彼女はまだ迷ったように視線をさまよわせた。断る理由が見つからないのだろう。しかし、できれば休暇中はゆっくり本の虫になっていたい・・・というのが妥当なところだろうか。
「ご迷惑じゃ、ありませんか?」
控えめにそう尋ねてきた彼女に、僕は「え?」と首を傾げた。
「私がお邪魔していたら、ご家族もせっかくのクリスマスをゆっくり過ごせないのでは?レギュラスも、他の方とのお約束もあるのでは?」
そう言いながら、ヴィーナはチラッと先ほどのスリザリンの女子生徒たちを横目で見た。

少し、自分の考えていた彼女の応答と異なっていたことに驚きつつも、彼女の気遣いに僕は笑った。
「歓迎しますよ。それに、父と母はどうせ他の家のパーティーに出席するのに忙しくて家を空けるでしょうから、僕も退屈しなくてすみます。」
「レギュラスはクリスマス・パーティー行かないんですか?」
私、それも嫌で自宅には帰らないんですけど、とこっそりと笑ったヴィーナ。
「僕は毎年連れていかれますけどね。でも、ヴィーナと過ごすのも悪くないと思いますよ。」
そう告げれば、彼女は「そうですか?」と首をかしげていた。

「じゃあ、・・・一応両親に了承をもらってからお返事してもよろしいですか?」
「そうですね。無断でヴィーナをブラック邸に連れ去るわけにはいきませんからね。」
「ふふ、レギュラスも冗談がお上手なんですから。」
ヴィーナはそう笑った。
我が家への招待を、思っていたよりも快く受け入れてくれたことに僕はやっぱりヴィーナに少し変化があったのかなと感じた。


「さて、そろそろ帰りましょうか。帰りに寄りたい店はありますか?」
「特にはありません。レギュラスは?」
「僕も大丈夫。今日はヴィーナと一日デートできただけで十分ですから。」
静かにそう言うと、ヴィーナは心配そうに「楽しかったですか?」と聞いてきた。
ああ、本当に・・・どこまでこの人は謙虚なんだろう。少しはミス・コーカードたちにも見習ってほしいものだ。
「もちろん。でも、まだホグワーツに戻るまでがデートですから。」
「家に帰るまでがハイキング、みたいに?」
「そういうことです。」
顔を見合わせて笑った。ああ、やっぱり笑っていたほうがずっといいじゃないか。
マフラーを巻き終わった彼女をつれて、店から出ればそっとヴィーナの指先が僕の手に触れた。

「・・・・・手、繋いでもいいですか?」
少し頬を赤くしたヴィーナに、僕はその手をとった。
「もちろんですよ。転ばないでくださいね。」
土曜日の夕暮、僕たちの距離はずいぶんと縮まったように感じた。

×××

「え、なによそれ。凄い進展じゃない!!」
「シーッ!!セスティーヌ、声が大きいです!」
慌てて彼女のローブを引っ張った。
周りはこちらに不思議そうな視線を向けていたもののセスティーヌが「ああ、ごめんごめん」と謝りながら私を連れて城の中を歩き出す。

「それで、その婚約者にクリスマスに家に来るように誘われたの?」
「・・・ええ。」
「良かったじゃない。」
セスティーヌは、前髪をかき上げながら私を見下ろした。セスティーヌは背が高いのだ。
「そう、かしら?」
「だって好きなんでしょう?」
「うーん。」
「だって他の美人の女の子と一緒にベタベタしているの見るのは嫌なんでしょう?それとも何?あなた好きでもない男の子のために可愛くなる努力してるわけ?」
セスティーヌは目を細めて私を威嚇する。
「そういうわけじゃ」
「じゃあ何よ。婚約者だから?自分の相手が横取りされたら嫌だから?」
「違うわっ!」
そう否定すれば、彼女は深いため息を吐いた。

「好きとか、そういう感情はわからないわ。ただ、彼は素敵な人だと思うしすごく尊敬してるの。だから、私は彼の邪魔になりたくないし、恥をかかせたくないわ。」
それは素直な想いだったと思う。レギュラスが私に優しくしてくれるたびに、困らせたくないと思うし、自分も彼にふさわしくなりたいと感じている。たとえ、レギュラスのくれる優しさが『純血』という家の縛りの一部であったとしてもだ。
「鈍感っていうのよ。あなたみたいな子を。」
「・・・・。」
「まぁ、恋愛したことないのに突然婚約者ができちゃうっていうのもたいへんだろうけど。」
セスティーヌは「自由に恋愛できないなんて不憫ねぇ。」と呟いた。

「・・・彼とじゃ、恋にはならないのかしら。」
静かにそう問えば、セスティーヌはどうかしらね。と肩をすくめた。
「それは貴方次第よ。貴方が本気でその人のことを好きになったら、それは立派な恋じゃない。」
「セスティーヌに言わせると好き、ってどういう感情?」
また難しいことを聞くのね。と、セスティーヌは笑った。
「恋は盲目っていうじゃない。そういうことなんじゃないの?その人のために、自分がどんどん変わって行ってしまう。その人のことで頭でいっぱいになったり、悩んだり。」
「あなたのボーイフレンドもそう?」
男性に人気のあるセスティーヌは、ボーイフレンドの絶えない人だった。今も、レイブンクローの7年生と交際しているらしい。
曖昧に笑うセスティーヌは「そういう時もあるわ。」と言って階段を登りだすのだった。

「しかも、相手の家に二人きりになるかもすれないんでしょう?襲われないように気をつけるのよ?」
「なっ!!彼はそんなことしませんよっ。」
「男はみんな狼よ。ヴィーナ、あなた最近すごく綺麗になったし。」
「・・・・本当に?」
「ええ。本当よ。ちゃんと頑張っているもの、当然よ。」
彼女は「そんなに心配するなんて、相手が誰なのかますます気になるじゃない。」とブツブツ言っていたが、私は聞こえないふりをするのだった。

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