海に行きたい、と我儘を言った私にセブルスは「どこの海だ?」と、否定の前に疑問を投げかけた。
イギリスは島国で、内陸国に比べればそう珍しいものではない。

他の国に行くにも船を使うことがあるし、私も人生で一度も見たことがないわけではなかった。
昔の仕事の都合で縁があったヌルメンガードが良い例だ。

ただ、海ということばを聞いたときに、ヌルメンガードやアズカバンを思いだすのはなんとも虚しい。


「漁港とか、港じゃなくて、浜を歩きたくて」
「…砂浜か」
私がなぜそんなことを思い立ったのかと言うと、たまたま図書室で見つけた自然史の百科事典の写真が綺麗だったからだ。
そういえば、長く行っていないな、と思いだした。


できれば、明け方がいい。
太陽が顔を出す瞬間よりも、その一歩手前。薄暗さを保ったままの海を見たかった。
眠っている海を。


別に、セブルスと一緒でなければ嫌だと思ったわけではなかった。
行こうと思えば自分ひとりだって行けるのだ。
ただ、ついてきてくれたらいいなとは思った。

「…週末なら、行けないこともないだろう」
セブルスはそう言って、カレンダーに視線を向けた。






その週の終わりに、セブルスは本当に私と一緒に海に来た。
眠りについたままの海、と言う私の表現に、セブルスは「波の音は夜でも消えないぞ」と言った。
「人間だって寝てても呼吸音はするでしょう」
「なるほどな。では、海の目はどこに?」
静かにそう尋ねるセブルスに、私はふむ、と考えた。

靴を脱いで、スカートの裾をつまんで、波に足を差し入れる。
「冷たい」
私の感想に、セブルスは少しだけ呆れたような顔をした。


「太陽が昇ると、水面が反射して、光って見えるから。それが目じゃないかしら」
私がそう答えれば、セブルスは「なるほどな」と頷いた。

「貴方はいいの?」
「見ているだけで充分だ」
最初から、彼が水に足を浸すとは思っていなかったから、想定内。


「朝でも潮風はそのままだな」
「そうですね」
ぼんやりと、ゆらゆらと動く海の水面を眺めた。
薄暗さに、波と私たち以外の音はほとんどなかった。


「世界が眠っているみたい」

「……子どものようなことを言うものだな」
セブルスはそう言いながら「そろそろ帰るぞ」と言った。

遊びに来たかったわけじゃなく、本当に海を見たかっただけだったから、
私は頷いて砂の上をはだしで歩いた。手にしていた靴は、このままでは履けない。
水分が失われても、足裏には細かい砂がくっついている。

片足を上げて、魔法で片付けようとする私を見て、セブルスがやれやれ、という顔をしながらも膝まづいて肩に手を置くように言った。
私は片足を上げて、魔法をかけて、砂を落とした。

靴を履いて、私は彼にお礼を言った。
まだ、海は眠っている。


「帰ったらシャワーを浴びたほうが良い。髪が」
セブルスは、潮できしきしとしている私の髪を一掬い摘まんでそう言った。
「少ししかいなかったのに、不思議ですね」
そう言いながら、私たちは姿くらましをした。



日も出ない朝早くからシャワーを浴びて、私とセブルスは二度寝の代わりに、リビングのソファーで肩を並べて微睡んだ。
私を傍らへと抱き寄せたセブルスは「少しだけ、お前が見たかったものが分かった気がした」と少し気の抜けた声で言うのだ。


「また行きたい?」
「当分はいい」
その返事に私は笑って、すっかり石鹸の匂いに変わったセブルスの首筋に額を寄せた。

END
2017.07.17


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