子煩悩
◎夫妻に幼い息子がいるif話。
真白の柔らかなコットンに包まれた息子を、セブルスは息を止めるように呼吸を細め見守っていた。
これまた柔らかい毛布の上に四つん這いになっている息子は、先ほどから喃語を発しながらも今にも立ち上がりたそうに片腕を上げたり、体をひねろうと首を傾けたりと忙しい。
些細な動きも見逃さないように、と視線を息子に集中させているセブルスは、他人が見れば間違いなく父親とは思えない形相だというだろう。
正直言って怖い。
ただ、そんな恐ろしい顔をした父親の視線を受けてもなお、幼子はきゃっきゃと楽し気に立ち上がろうとしていた。
子どもに声をかけるということを、しばしばセブルスは忘れがちだった。
日頃から自分の本音を吐露しないのが常であるのがその原因だ。
セブルスの目から見れば、妻に似た息子は言葉にするのが惜しいほど愛おしく見えた。
まだ不安定に揺れる頭部の丸さや、目の大きさは、やはり可愛いものだった。
ドラコが生まれたときに赤ん坊は良く見ていたはずなのに、その時とは全く違って見えた。
「うっ、う゛」
息子は、立てないことに苛立ったのかわずかに唸った。
セブルスは目を細めた。
言葉が通じない、未知の生き物は、もはや人間とは言えないのではないか。
セブルスは、そう考えたし、だからこそなんとなく息子が神聖なものにも見えた。
完全なる親ばか心ゆえだ。
妻は、そろそろ子どもの鳴き声に疲弊しているようだが、セブルスは一向に気にしなかった。なぜ泣いているのか、それが知りたかった。
息子に開心術を絶対に使わない、というのが夫婦の間の約束だった。
言いだしたのは妻だが、セブルスもわかっていた。
人の心は、自由でなくてはいけないと本当のところではセブルスは良く知っていたからだ。
それは、自分の大切なこどもならばなおさらだった。
まあ、もちろん、はっきりとした自我のない赤ん坊に開心術を使ったところで碌に心は読み取れないだろうけれども。
「おいで」
ようやくセブルスは息子に声をかけた。
控えめに伸ばされた両手を、赤ん坊は涙ぐみながら見つめて、四つん這いのままに這ってきた。
這うのは上手だ、とひそかに笑って、セブルスは息子を抱き上げた。
柔らかくて、軽い。
抱き上げるたびにセブルスはそのことに驚きそうになる。
そして、少し叫びたくもなる。
壊さないか、不安だった。純粋すぎて、眩しいくらいだった。
そんなひそかな不安は、生まれた瞬間から妻には知られていたことだった。
この世の恐ろしい、すべてのことから守ってやりたくなるのだ。
それと同時に、少しだけリリーのことを思いだす。
痛いくらいに、理解できてしまったから。
「だ〜?」
首がそらされ、大きな目がセブルスを見つめた。
可愛い。と、この子が生まれてから、口にはできないが、何度も心で呟いた。
ふと、時計を見れば妻が戻るまでまだ一時間もある。
息子と二人きりの時間は、あるようで久しぶりのことだった。
してやりたいことはたくさんあった。
仕事の合間にも何度も息子のことは思いだすし、与えてやりたいこともたくさん考えていたはずだった。
それでも、いざこうして直視すると、上手くいかなかった。
今までさんざん悪ガキを育ててきたような教授が、である。
息子は父親の考えていることなどお構いなしに、機嫌を直していた。
腕の中で動きだした小さな体を、抱きかかえ直して、小さくセブルスは息を吐いた。
自分に似なければいい、色んな部分において。
それは本音だった。ただ、この子が幸せであってほしいとだけ願っていた。
さんざん妻の腹の中にいる間に考えていた、こんな子に育ってほしいという願いはもうとうの昔に忘れ去ってしまった。
それでいいと思うのだ。
「こら」
ぺたぺた、と顔に小さな手のひらを当ててくるのを窘めながらも、目じりは下がるのだから仕方ない。
ふにゃり、と笑う息子の顔が、あまりにも楽しそうで、そして妻に似ていて。
セブルスは心から幸せだと思った。
END
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