小説 | ナノ

「あ、その分岐、右です」
 公子が地図と実際の景色を見ながら運転席のジョセフへナビゲートしている。その声を聞いてジョセフはハッとなり、慌ててハンドルを切って進行方向を修正した。
「すまん。ぼんやりしておった」
「連日追っ手に悩まされていますからね。でも交通事故で我々がリタイアなんてことにならないようにしないと」
「うむ」
「私もミッションが運転できれば変わるんですけど。免許、限定で取ってるもので」
「なに。公子のナビゲートがあるだけで随分助かっておる。それよりも運転できるのに爆睡しておるポルナレフが悪い」
 背後のシートでは、ポルナレフがだらしなく口をあけて承太郎を枕にして眠っている。
「ジョースターさん、僕が運転をかわりましょうか」
 花京院が声をかけると、公子はクスッと笑って代わりに答える。
「キミの年齢じゃ免許とれないはずでしょ。ハングドマン戦では緊急だったから何も言わなかったけど、ダメよ」
 バックミラーの中で公子の唇がにこりと上がった。この笑い方は彼女独特のものではない。花京院の母や学校の教師もこうやって微笑を浮かべることがよくあった。だがクラスの女子はこういった笑みを見せることはない。成人して、あまり感情を表に出すことのなくなった、成熟した女性の表情だ。幼いときのように口を大きくあけて笑う女性も可愛らしいとは思うが、花京院はこの大人の女性を形容するような笑みにドキッとさせられることがあった。
 自分や承太郎が敵を仕留め、無傷で戻ってきたとき。施設内で公子のために扉を押さえて待っていたとき。彼女はいつもこうやって笑いかけてくれる。だが素敵な表情だと思う反面、子ども扱いされているのだとも思っている。そう、よくできましたと言わんばかりに。
(今のは多分「困った子ね」とでも思っていたんだろうな)
「さて、今日はそろそろ暗くなってきたし、一泊するか」
「もうすぐアーグラという大きな都市があるみたいです」
「アーグラといえば、タージマハルのある街ですね」
「花京院くん、物知りね。タージマハルは聞いたことあるけど所在地なんて知らなかったわ」
「両親が旅行好きなものですから……」
 メンバーの中で一番喧しいポルナレフが眠っていて、ジョセフは運転に集中しているとなると、自然と花京院と公子が二人で喋る形になる。承太郎は聞いているんだか何を考えているんだか相変わらず分かりにくかったが、口を挟んでこようとはしない。
 花京院は今目指しているエジプト意外にも幼い頃から各国を巡った経験がある。アジア、ヨーロッパ、アメリカ、様々な場所で見たことを得意げに話してみせる。
「この旅が終わったら、皆で普通の観光をしにいきましょうか」
「飛行機に乗るならじじぃは留守番だな」
「承太郎、お前やっと口を開いたと思ったら!」

 一行はアーグラに到着し、適当に大きなホテルを探して車寄せに停車した。すぐにボーイが笑顔で出迎えてくれる。
「ポルナレフ、起きろ」
「起きてるよ」
 一行の後ろの方で、花京院とポルナレフが数歩遅れてついてきながら声を潜めて話し始める。
「花京院、さっきのアレはダメだぜ」
「あれ?」
「車内での話しだよ。お前がずーっと世界のうんちくをくっちゃべってるだけじゃねぇか。女ってのはおしゃべりでストレス解消する生き物なんだよ。もう少し公子にも話題ふったほうがよかったな」
「何故お前にそこまで言われなければいけない」
「アドバイスだよ、ア・ド・バ・イ・ス!今のじゃ公子、お前のことを「身についたばかりの知識をひけらかしたいおこちゃま」って思っただろうなぁ」
「なっ!」
「あんだけ落ち着きのあるレディだぜ?彼女を好きならもうちょい合わせねぇと」
「すす……好きって……!」
「バレバレだっつの。公子はしらんが、少なくとも孫じじコンビも感づいてるぜ」
「おーいポルナレフ、花京院。部屋いくぞー」
「はーい」

 荷物を置いて避難経路を確認したら、あとは夕食までは自由時間だ。ポルナレフと同室になった花京院は彼が暇そうにしているのを見て先ほどの話題の続きを聞いた。
「……僕ってそんなに子供っぽいですか?」
「急に敬語になるとびびる」
「答えろよ」
「戻った。まぁそうだな……俺の知る十七歳よりは大人びているとは思うけど、公子の前だけ色々から回ってる感じかな」
「ど、どういうところが」
「んー、そうだな」
 ポルナレフはどう説明しようかと少し考える素振りをすると、いきなりベッドにダイブした。スプリングがミシッと音を立ててポルナレフの身体を跳ねさせる。
「こういうことするのが子供でしないのが大人、ってわけじゃない。大人は大人っぽく自分を見せようとしないだろ?だって大人なんだから。つまり、そういう風に見せようっていう魂胆が既に子供なのだ!」
「僕が大人ぶっているってことか。一言ですむ話を無駄に長くして語っている感を出そうとするその言葉みたいなものだな」
「あー、ひでー、俺泣いちゃうー」
「せめて靴は脱いでからやれ」
 ポルナレフがタバコを吸い始めたので花京院は部屋の外へ出た。隣からも扉が閉まる音がしたのでそちらを見ると、公子もちょうど部屋から出てきたところのようだ。
「公子さん、どちらへ?」
「ん。探検」
 公子の口から子供の大好きワードが出てくるとは思わず、そのギャップに花京院は一人萌えていた。
「僕も一緒にいっていいですか?」
「うん!」
 そういえば、花京院がまだ幼い頃。人との付き合いを消極的にする以前の話だ。こうやって近所の公園をその場にいる同年代の子供と一緒に探検したものだ。おかしな話だが、十七歳と二十歳が、五歳程度の子供と同じ事をしている。
(悔しいがポルナレフの言うことは当たっている。彼女に、子供ではないところを示そうと必死になっていた)
「あっ。あの照明きれいだなぁ。でも家にあると掃除大変そう」
「ウォーターフォードですね。ロンドンのウェストミンスター寺院のシャンデリアもここの会社……あっ」
 公子がまた、子供を褒めてあげるような顔で笑っている。アルカイックスマイルというやつだ。
「えーと、とにかくすごいやつなんです。あれは。さ、今度はあっちを探検しましょう!」

 花京院の去った部屋で、ポルナレフはタバコをふかしながら考え事をしていた。
(まあ、だからと言って急にあのうんちく語りを辞めるのもそれはそれでガキっぽいんだよなぁ。自然体でいられないってとこが既におこちゃまだということに気づかないんだろうな、アイツ)
 花京院が一人の男性として見られるまでは、まだかなり時間がかかる。


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