小説 | ナノ

「いらっ……しゃいま、せ」
 街の小さなビデオ店。壁のポスターはどことなく平成初期を感じる髪形の見知らぬグラビアアイドルがこちらに微笑みかけている。四隅に貼られたセロテープは半分以上剥げ落ち、日光とヤニのせいで全体的に黄ばんだそれだけで、この店がいかにボロで古くて時代遅れなのかがよくわかる。
 一つしかないレジカウンターに座っているのは日中ならば髪の薄くなった小汚い中年男性であるが、週末の深夜営業だけは随分と若い女性が番をしている。今日のような祝日前も、この店は深夜営業を行っていた。
 店番の彼女はこれまた古いエプロンに『主人』と書かれた名札をつけ、随分古い型のバーコードリーダーを手にして客のレンタルするDVDを読み込んでいく。
「あ……えと……」
 古いのは店と備品だけではない。接客するときに必ず、客のレンタルしようとしているもののパッケージと中身が一致しているかどうか、目視と口頭の二つでチェックせねばならないのだ。
「ああ、会員カードか」
 客の大柄な男は財布を取り出し、中から紙製の安っぽい会員カードをカウンターに出した。名前の部分には空条承太郎と書かれてある。
 カードのバーコードも読み込むと、店員の主人公子は大きく深呼吸をして覚悟を決めた。
「……レンタルのお品、確認いたします」
「ああ」
「一般男女モニタリングAV、一週間のレンタルですね」
「タイトルが違うようだが」
「………………一般男女モニタリングAV、ラブホテルのエッチな雰囲気に呑まれた女子大生、人生初の中出しセックス。一週間でよろしいですか」
「ああ」
 このバカげた何の意味もない確認であるが、以前は無視して無言でバーコードを読み込んでいた。だが数日後、店長の中年男性から注意を受けることとなったのだ。クレームがきたからどんな内容でもきちんと声に出して読めと。
 だがこんな小さな店である。そのクレームを出したのが目の前のこの大男あることは公子も当然分かっている。だがこのバイト先から逃れられない理由があったのだ。注意受けた際、店長からこのような話を聞いたからである。
「この程度の悪戯ですんでるなら我慢しろよ。ウチみたいなおんぼろビデオ店が何で潰れてねぇかお前も不思議に思うだろう。あの人お前が来る前から何か学会?とかの資料みてぇなのをVHSからDVDに焼き直すために通ってる常連なんだよ。ああいう人のおかげで俺とお前はメシ食えてるわけだからな」
 そしてこの店そのものから立ち去るわけにはいかないのは、いわゆる家庭の事情というやつである。

 だがついに、そういった事情をかなぐり捨てて逃げ出したくなるようなことが起こった。
 金曜深夜の二時半。当然この店を訪れる客というのは、彼一人だけである。
「いらっしゃいませ」
 いい加減なれなくては。週に一度、恥ずかしい言葉を口にするだけで毎日の食事と屋根と壁のある寝床にありつけるのだ。そう思って気合を入れ直してパッケージを見た瞬間、公子は目を見開いた。
「えっ……」
「どうした。早くしてくれ」
 そういう男の手には、小さな機械が握られている。形状からしてそれは、録音機能を持った何かなのだろう。
「あ……かっ……感度が、高まり……イキまくる快感中出し……主人公子の、オ……オマ…………ンコ……ぜ、っちょ……」
「……どうした。読み上げひとつ出来ないのか?最初から言い直しだな」
「あ、あの……な、なんで私にこんなことをさせるんですか……いい加減、やめてください」
 自分と同姓同名のセクシー女優がいるということは知らなかった。偶然にしては出来過ぎている。そう、この男は公子の名前まで把握しているということなのだ。
「知りたいのか?」
「そりゃ……」
「そうか。つまり私に関心を持ったということだな」
「そういうわけじゃないです」
「そういうことなんだ。君が否定しようがしまいが。いいだろう、君が深淵を覗きたいというのなら……教えてあげよう。君が知らないことを、なんでも」
「……っ!」
 直感が告げる。その誘いにのってはいけない。このままここで恥ずかしいことを言い続ける方が、結果としてダメージが少ないはずであると。
 これ以上この男と会話を続けるのはよくない。喋れば喋るほど、この男の手のひらの中に掌握されるような気がした。
「け、結構です。えと……」
 一刻も早くこの男を追い出したかった。そしていつもの始発までの一人の時間に戻りたかった。
「せめて、その機械……やめてください」
「分かった。毎週来るのだからまあ、構わないか」
(来るなよ……)
 気を取り直して、公子はいつもの業務に戻る。いつも他に人のいない時間帯にくることだけが不幸中の幸いだ。このような間抜けなことを口走っている姿、知らない人であっても見られたくない。
「かっ、感度が高まりイキまくる快感中出し。主人公子の、オ……オマンコ絶頂見てください」
「……」
「……?」
「一週間」
「あ、はい。そっ……そうですよね」
 そこで言葉を途切れさせると、変なことを声高に宣言しただけの変態である。慌ててビデオ店の店員としての業務もすませ、ビデオを袋に入れて手渡す。
 自動ドアが彼を外へと追い出したのを見送って、公子はためいきをついた。
「んもーっ、なんだよあの変態オヤジ!!」
 一方そのころその変態オヤジはカバンからイヤホンを取り出し、先ほど出していた録音機とは別の機会にそれをつないだ。
『かっ、感度が高まりイキまくる快感中出し。主人公子の、オ……オマンコ絶頂見てください。かっ、感度が高まりイキまくる快感中出し。主人公子の、オ……オマンコ絶頂見てください』
(甘いな、主人、公子ちゃん……)
 レジに来る前に録音を押していた別の機械を、ポケットに挿し込んでいたのだ。
「次は何を借りようか……」


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