小説 | ナノ

 ダブルのエスプレッソの代金と一緒に、小さなカギを手渡す承太郎。それを見て互いがニヤリと笑うと、またいつものように店員と客に戻る。
(あんな生意気そうな顔するヤツ、初めてよ)
 公子に手渡した鍵は、前日のプレイで準備していたある小道具のものだった。

「貞操帯ってやつよ。こうやって股間に装着するの」
「お、おい」
「ほら、こうしたら用を足せるでしょ。ただ、セックスができなくなるだけ」
「……これが、答えか」
「そうよ。昼間も私のこと感じてたいなんてロマンチックなこと言われたら、これくらいしてあげたくなっちゃう」
「個人の連絡先を教えてほしかっただけなんだが」
「まあこれは実際付けちゃったからね、あげるわ。中古のを他の客に使うわけにはいかないし……というか最近アンタとばっかで他の客とってなかったわね」
 この奇妙な男性器専用の拘束具は鍵でのみ解放することが可能なようだ。本来その鍵は装着していない人物が所持することで主従関係をハッキリさせるものなのだが、公子はそれを承太郎に握らせた。
「私に持っててほしいんなら、明日の朝、カウンターで受け取ってあげる。いらないなら自分で外して捨てて」
 こうして二人の手を行き来していた小さなカギは、今朝公子の元へと戻った。それをそっとポケットに忍ばせていると、コーヒーを待つ承太郎が同業と思しき若い男と話をしていた。
「空条さん、おはようございます。こちらにいると伺ってタクシーを回しました」
「ああ、すまない」
「今日の予定の確認なんですけど、九時ニ十分発の便に乗って、空港からはタクシーで一旦ホテルに向かいます。それから……」
 青年はキラキラと輝く目で承太郎と手帳を交互に見ていた。青年にとって承太郎はそれなりに権威と実力のある憧れの先輩、または上司のようなものなのだろう。
(あなたがそうやって一生懸命になって話してる相手、涼しい顔してるけど下は相当な恰好してるのよ?)
 だが不敵な笑みすら漏らさない。いつもの不機嫌な無表情で公子は商品をカウンターに置き、レジの小銭を数える作業に入った。
「帰りなんですけど、翌日の……」
「ああ、すまないが、俺は当日に帰る」
「え?」
「急な変更だからそれに伴う料金は自腹を切る。ホテルは数時間は滞在する予定だからそのままにしておいてくれ」
「無茶ですよ。相当なハードスケジュールに……」
「いいんだ」

「後輩クンの前であんなカッコつけてたけど、勃起すらこうやって管理されて喜ぶ変態だって知ったら彼どんな顔するかしら」
「他の男の話か」
「やきもち?」
「ああ」
「珍しく素直ね。じゃあはずしてあげる」
 一日ぶりに開放されたそこは、器具を外した途端頭を持ち上げ始めた。
「お仕事中苦しくなかった?」
「相当辛かった。もうこれで懲りた」
「アハッ。やっぱりね。あなたマゾっ気ないからただの苦痛でしょ」
「でもまぁ、確かに四六時中公子を感じることは出来た」
 今日は承太郎は遠方でスポンサーへの成果発表会を行っていた。海洋冒険家という職業は普通の会社員とは違い、活動するのに必要な資金をその度に募り、その資金で得た成果をスポンサーへ還元せねばならない。
 DIOが海底に眠っていたことからその調査をSPW財団からの寄付金で行ったりもしているのだが、今日は一般スポンサーと共にする仕事だった。
 立食形式のパーティーではこのプロジェクトの舵取りを行った承太郎と話がしたいと数々の人間に囲まれ、話をした。その中で、赤いドレスを着た女性が少し目を伏せながら話しかけてくる。
 男ならば思わず目が行く胸元、媚びるような甘い声、暗に誘っているのではないかと思う程のスキンシップ。だが、どんなに魅力的な異性が現れても……
「痛っ……」
「どうなさいました?ミスター空条」
「い、いや」
 女王以外に勃起することは許されない。それはまるで、よその女に鼻の下を伸ばす承太郎を公子が遠くから叱咤しているように感じた。まるで、嫉妬しているかのように。
 そう思えば、悪くない。

「ねえ。なんでそういう趣味でもないのに金出してまで奴隷やってるの?」
「……ようやく俺のことに興味がわいたか」
「え?」
 スーツを脱ぎ散らかし裸になった男と、レースのランジェリー一枚だけを身に着けた女が、モーテルの一室にいる。加えて男の方は性器を抑圧する拘束具を外し勃起している状態だ。
 普通この場合、男が女を押し倒して事を進めるものである。だが二人の関係は女王と奴隷、のはず。そんなことをしてくると思っていない公子は、完全に油断していた。
「お前を抱きたいと思っていたからだ、公子」
 手錠は付けていたのだが、少し力を加えただけで簡単に鎖が引きちぎられ、留め具が弾けて両手を自由にした。
「その貞操帯とやらの鍵も、簡単に外せる。だがお前に会う口実になるからずっとつけていただけだ」
「……それ、結構な値段のちゃんとした道具よ?確かにあんたガタイいいけど、そう簡単に壊せるものじゃ……」
「怯えさせたいわけじゃない。暴力で支配する気もない。望むなら、支配されるのも悪くないと思って声をかけていただけだ」
「ああ、だから……あんな生意気な態度だったのね。手錠も、拘束椅子も、意味ないから」
 目の前にいるのが奴隷ではなく一人の男だと理解した途端、公子は一瞬目まいを感じて体のバランスを失った。倒れこんだ先はベッドだったしうまく座る様に着地したおかげで怪我はなかったが、体は少し震えている。
 怯えている、少しつつけば逆に従属させられるのではないかと思える彼女の態度に、承太郎は一つ新しい扉を開いた。
 彼はマゾでもなければサドでもない。ただ、自分におびえる女を見て確かに興奮を覚えた。彼女が望むのならばとまったく興味のないスレイヴに属していたつもりであったが……
「俺も、Sっ気とやらがるのかもしれない」
 ベッドに腰かける公子に、承太郎の体が覆いかぶさった。


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