小説 | ナノ

 アメリカ全土にチェーン店を構えるコーヒーショップの、末端のレジ店員。非正規雇用だし給料も特別いいわけでもないのだが、三十代にもなる公子はそれを職業としていた。
「いい加減正社員になったら?」
 給与明細を渡されながら店長に社員雇用をと誘われたのだが何度か断っている。それに伴う責任が億劫だったし、なにより時間が減るのが嫌なのだ。
 毎朝出勤前のサラリーマンでごった返す朝のみ、公子はこの店のカウンターに立つ。正午前には制服を脱ぎ、家に帰れば仮眠をとる。
 公子の本業は、夜に花開く。

 町はずれのモーテルの一室。やっていることはどの部屋も同じなのだが公子の居る部屋は毎夜激しい音がする。それに混ざって聞こえてくる嬌声は、公子ではなく中年の男の声。
「よくできましたぁ」
 動物のように理性を捨てて精を果てさせたた中年男性の頭を優しく撫でてやる。
「あっ……公子、さまっ。も、も、もう一回……」
「ダメ。今日はもうおしまい。アタシ別にこのプロってわけじゃないから?アタシがしたくなくなったらもうその日は終わり」
「で、では明日!明日もお会いしたい!」
「さぁ?明日の気分は明日にならないと分からないから」
 男を気持ちよくさせることで金を受け取る。だがどこかの店に所属しているわけじゃない。この街の裏家業を取り仕切る連中に見つかればお終いだ。そうやって何度も街を転々としてきた。
「公子さまぁ!」
「しつこいのは嫌いなの!」
ヒールの靴のまま顔面にケリを入れたのだが、この男にとってそれはご褒美だったようだ。

(はぁー、昨日しつこかったから結局あんま寝られなかったのよねぇ)
 欠伸をこらえながらコーヒーショップのカウンター内で手早く会計を済ませる。
「4ドル」
 不愛想にそう告げるがアメリカではこういった接客は珍しくない。愛想をふりまくような仕事が出来ないのは承知しているからこそ夜のあの仕事も苦ではない。
 普通のコールガールであれば男に媚びを売らねばならないのだが、女王様ならばこの態度であることが最高の接客になる。だからSっ気があるからという以上に、楽そうだからそうしているだけなのだ。
「エスプレッソ、ダブル」
(お。今日も来たな)
 公子が仕事を終えるギリギリの時間にエスプレッソダブルを注文するこの大柄な男。彼も公子と同じく不愛想な顔と声で話しかけるタイプのようだ。
 公子は彼が好きだった。だがそれは異性へ向ける好意というものではなく、そろそろ仕事が終わることを告げに来てくれるからだ。
「3ドル」
「……」
 必要最低限の会話、不要な挨拶の排除。その関係が、心地よい。
(確か海洋学者?だか冒険家だか、だったかしら)
 テラス席で女性が読んでいる新聞に載っている写真が、目の前の男と同じ顔をしている。業界内での有名人で、先生をつけて呼ばれるような立場の人間だということは公子も知っていた。
 だから、こんなことになっても驚きはしなかった。

「……本気?」
 驚きはしなかったが躊躇った。6フィート以上もある巨体を持つエスプレッソの男が、自分を支配してほしいと金をもって懇願してきたからだ。
「断るというのならば細やかだか嫌がらせでもさせてもらう。お互い、職場は割れているだろう。この仕事を報告させてもらう」
「あなたの社会的地位から考えて自分の首を絞めるだけだと思うけど」
「そうならないように立ち回ることくらい容易い」
「……別にチクられても平気だけど、気に入らないわ。奴隷希望だっつーんなら、女王様を脅そうなんて態度は改めなさい」
 公子がこの奴隷、空条承太郎の股間を握ると、そこは既に硬さを帯びていた。


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