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あなたの検査結果は 赤い糸(雌型)を保有 です




 なんとなく、今日は何もかもが面倒になり地下鉄から地上への短い階段すらもエレベーターで楽をしたくなる。
 前の人が乗り込んだ後に続いて自分もその小さな箱の中に収まってから気が付いた。
(あ、薬忘れたわ。今朝飲んでないし、取りに帰らないと)
 どうせもう授業が始まっているような時間である。それにたとえ遅刻ギリギリの時刻だったとしても、薬なしでは公子は出歩くことが出来ない。雌型の赤い糸を保持しており、その効果は比較的強いからだ。
 念のためにカバンのポケットに入っていないかと中を漁り始めるのと、スマホから大音量の警報がなるのは同時だった。
「地震!?」
 数秒後の地震を予告するはずのアラートだが、直後に大きな揺れがエレベーターを襲った。立っていることすら難しいのはそれほど大きな揺れのせいだったのか、それとも今の自分が少しの振動で立ち眩みするほどの体調なのか。
 その、両方である。
「おっと」
 不運にもこのエレベーターに同乗していた男の元に体を倒してしまう。彼に身を預ける形となった公子は慌てて起き上がろうとしたがまだ揺れが収まらない。
「ケガねぇか?」
 見上げると、正直男の人相は密室で二人きりにはなりたくないタイプだった。もしかするとここでぶつかったことに激怒して慰謝の金銭を要求するような人かもしれない。
「す、すみませんでした!」
 言いながらエレベーターの開くボタンを連打するのだが、カチカチという音がするだけで全く動かない。籠自体、上にも下にも動いていないようだ。
「あ……れ?」
「まさか」
 二人同時にスマホで状況を確認する。冷静になれば遠くから悲鳴や構内アナウンスが聞こえていた。
「どうも地震のせいでエレベーターが止まっちまったみてぇだな」
「でも普通最寄りのフロアまで移動してドアが開くもんじゃないんですか?」
「俺ぁ詳しいことはわかんねぇけど、さっき相当揺れたからなぁ。まあどう考えてもどっかいかれちまってるだろうし、停電してたらおしまいだろうしなぁ」
 そう言いながら男が力ずくで扉を開こうとしたがびくともしなかった。
「映画みてぇに上突き破って出るかな」
「天井の救出口は中からは開かないようになってますよ」
「えー!マジかよ」
「通話ボタンで外に救出をお願いしましょう」
 だが問題は時間だ。昨日薬を飲んだ時間を正確に覚えておらず、もしかするとそろそろフェロモンを抑制する薬の効果が切れてしまうかもしれない。

 不運は重なるもので、外はどうやらかなりのパニックになるほどの大地震だったようだ。救出には数時間かかる可能性があるという。
(お弁当とお茶はあるけど、トイレにもいけない状況だと飲み食いするのも考えないと)
 一緒に閉じ込められた男も学生のようで、かなり改造は施しているが学ラン姿だった。
「あ、アンタその制服さ、ぶどうヶ丘校?」
「え、はい」
「俺さ、最近ここいらに引っ越してきたばっかなんだよ。あ、やべ。もしかして、先輩?」
「一年です」
「じゃあ同い年だ。もしかしたら同じクラスになるかもな」
「転入してくるんですか?」
「その予定ー」
 第一印象にかなり失礼なことを思っていたので、こう気さくに話しかけられると公子の中で罪悪感がめきめきと育っていく。
「俺虹村億泰ってんだけど、名前なんてーの?」
「主人公子です」
「クラスメイト予定なんだからよー、敬語やめよーぜー」
(学年はともかくクラスはまだ分からないんじゃ……?)
 未曽有の大災害とは思えないほど、落ち着いて救助を待つことが出来るのは億泰のこの底抜けの明るさのおかげだろう。
 もしもこんな狭い場所で一人きりだったら。もしも本当に怖い人物と二人で閉じ込められていたら。
(一緒になったのが億泰君でよかった……とは、言えないんだよな……どうやって切り出そう、糸のこと)
 雌型のフェロモンは、糸の有無を問わず異性に効いてしまう。公子はかなり効力が強いようで、同性すらも魅了したことがあるほどだ。
(今何時だろ。昨日登校前に飲んだから……二十四時間は確実に経過した……)
 ちらりと億泰の表情を覗き見る。すると先ほどまで饒舌にバカ話に花を咲かせていたその口は荒い呼吸を生むばかりとなり、暗く沈んだ顔は決してこちらと目を合わせようとせず少し反対側を向けたままだった。
「あの……ごめん、億泰くんの体調悪いの私のせいだと思うの」
「え?ああ、いや、んなことねぇぜー。元気有り余ってっしよ」
「え、あ……違……」
「へーきへーき!俺ってばよー、元気くれぇしか取柄がねーっつか、小学生ンとき皆勤賞とったのにテストはめちゃくちゃ悪かったんだよなー。他のヤツより多く授業受けたのに。これで俺病気とかだったら俺の唯一の長所がなくなっちまう」
 弱弱しく笑う億泰に、芽生えていた罪悪感が一気に大きくなった。こちらは第一印象だけで思い切り警戒していたというのに、億泰の方は自分に心配をかけまいと必死に体の変調を隠している。
(いや、第一印象で警戒するのは仕方のないことなんだけど……億泰くんがいい人すぎてそれすらつらい)
 せめて言わなければ。その妙な気分はあなたが原因ではありませんという事実を伝えねば。
「あのね、億泰くん。赤い糸検査受けた?」
「あー……うん、受けた、な?うん、受けた受けた。何か前住んでたとこの市だか県だかがやってた」
「それ、私も受けたんだけど……雌型で、薬、今日飲み忘れてて、カバンにも入ってなくて……」
「なんだ、マジかー。言ってくれりゃ分けてやったのによ」
「へぁっ!?」
「どした、急にウルトラマンみてぇな声だして」
 雌型、雄型という名前通り、雌型は女性の方によく現れる。その名前から女性らしい人物が保持するもの、という印象が、雌型の糸保持者である自分ですらあるのだ。
(別に自分で自分を女の子らしいとか思ってるつもりないけどね。ただ、億泰くんがかぁ……)
「種類いくつかあるんだろ。これいけそうか?」
「あ、うん。ありがとう」
「念のためこれ全部持っとけよ」
「え。じゃあ億泰くんの分がなくなっちゃう」
「おいおいおいおいおいおい。俺がフェロモンとか出すように見えんのかよ!前の彼女が忘れっぽいヤツだったからカバンにいれっぱにしてるだけだぜぇ」
「……まえかの?」
「まえかの」
「引っ越ししちゃったから?」
「いや、引っ越しとか関係なく……あ、その薬も賞味期限内だから安心してくれよ!」
 薬は賞味期限ではなく使用期限ではあるのだが、そのツッコミを入れる余裕が公子にはなかった。
(そうだよね。こんな優しい人なら彼女くらいいるよね。うん……あれ、何凹んでんだろ、私)
(……っぶねー。このナリで雌型とか思われたくねぇからなぁ………………雌型同士って、そういうカンケーになんのかな……)




 ちなみに、雌型同士、雄型同士のカップル、夫婦は少なくはあるのだが報告されてはいる。


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