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あなたの検査結果は 赤い糸(雌型)を保有 です



 これだけ科学の発達した今日、それでもなお人はなぜ占いなどという不確かなものを信じ、縋るのか。運命なんて言葉を安っぽい結果論だと退けられないのだろうか。
「ごめんなさぁ〜い、水瓶座のあなた!今日は一日何をやってもうまくいかない日。ラッキーアイテムの湯豆腐で運気を回復!」
 毎朝出勤直前のこの時間に流れる今日の占いのコーナーを見てふと思う。今朝の朝食は豆腐の味噌汁だったから悪いことは起こらないというのだろうかと。しかし、
(早速資料忘れた……)
 電車の中で妙に手元がスカスカするなと思っていたら、別にまとめていた封筒を家に忘れてきたようだ。これが豆腐の味噌汁じゃなくきちんと湯豆腐として調理していれば未然に防げるなんてことはありえない。やはり占いというのはでたらめだ。

「いや、そうでもないぞ。どちらに行ってもつらい道しかないときに背中を押してくれるのが占いの役割だ。適当に言って金をもらっているわけじゃない」
 結局その日の公子は散々だった。忘れ物をし、雨に降られ、会議の予定はドタキャンされて昼食を食べ損ねる。そんな気持ちを晴らそうと行きつけのバーに行ってバーテンのアヴドゥルに話を聞いてもらっているところだ。
 ここは都内でも珍しい中東系の料理が出るバーだ。独特の雰囲気でハマる人はとことんまでハマるといった感じの店で、公子も常連の一人だ。だが公子が気に入っているのは料理や店内の内装ではなく、この男の人柄にあった。
「私も占いをやるからな。やはりそういった声にはきちんと説明をしたい」
「え、わわ。すみません、知らなくて……」
「いや、構わないよ。それに詐欺まがいのインチキ占い師が後を絶たないのも事実だ」
 そういいながらカウンターの下から小さな箱を取り出す。中から現れたたくさんのカードはトランプではなくタロットカードと呼ばれる神秘的な絵札だ。
「一つ占ってあげよう。何がいいかな」
「……恋占い、とか」
 ぱさっ。アヴドゥルの大きな手からタロットが零れ落ちる。
「気になる人でも、いるのか」
「いないんです、それが。でもどこかにいるらしいんですよね……運命の赤い糸で結ばれた人が」
「それってつまり君は……」
「私、雌型の糸を持ってるんです」
 占いとは予言ではない。どこへ行き何をすれば巡り合えるという具体的なことが分かる魔法とは違う。
 だが彼、モハメド・アヴドゥルは魔法のごとき力があった。揺らめく炎に未来を見ることが出来た。
(アルタ前の街頭ヴィジョンに都内初雪観測の文字……時間は分からないが夜。あの人ごみの中から、すれ違っただけでお互いに分かってしまう。運命の相手だということを)
「アヴドゥルさん?」
「あ、いや……雪、だな。都内に初雪が降ったら……」
「降ったら?」
「……もう一度、この店まで来てくれないか?またそのときに改めて見てみよう」
 このバーは、新宿とは全く別の場所にある。

 雪が降り、年が明け、寒さも一層厳しさを増す二月。長らくの付き合いが友人関係から恋人へと押し上げたアヴドゥルと公子の二人が、少し早いバレンタインデートをしに代官山を散策していた時だ。
 信号が青に変わったのを見て公子の方がアヴドゥルの手を引く。その先導する足が、ぴたりと止まった。ネジが切れたおもちゃのようにゆっくりと動かなくなる公子が見つめる一点には、同じくこちらを見つめる男性が立っていた。
 見たことがない、どちらかの知り合いというわけじゃなさそうなその男が、公子の運命の先で糸を握っていることを察知できたのは、彼が去年占った時に見たヴィジョンと同じ姿をしていたからである。
「公子っ!」
 名前を呼ばれるとびくりと反応したが、やはり足が動かない。今度は握っていた手をアヴドゥルが引っ張り雑踏の中へ姿をくらませた。
「……ごめん、ぼーっとしてた」
「いや。交差点で立ち止まると危ないぞ」
 振り向いて公子の姿を確認する際、その後ろからこちらを追っている人影がいないかどうかを確かめてしまった。

 暦の上では春になったがまだ寒波の厳しい三月後半。公子がネットを見ながら新規オープンの店を検索していた。
「ねぇ、今度の休みここ行かない?アメリカではやってるスイーツの店で、代官山にあるんだけ……」
「ダメだ!代官山周辺には行くな!」
「……また?新宿もだめだし、私がいける場所がなくなっちゃうよ」
「すまない……本当は、部屋に閉じ込めておきたいとさえ考えている」
 公子のために入れたコーヒーカップは手元を離れて床を汚している。普段冷静な分、ここまで取り乱す程にアヴドゥルを不安にさせているのだと公子は自身を責めていた。
「バレンタインのデート、やっぱなんかあったんでしょ?あの時から随分様子がおかしい」
「……それは認めよう。だがその理由を詳細に話してしまえば、君に嫌われるんじゃないかと不安になる。嫌われるだけならまだしも、君を傷つけ、二度と会ってもらえなくなるのかもしれない」
「そんなときは占いだよ。自分で言ってたじゃん!」
「自分自身を占うことは出来ないんだよ……まあ形だけならとれるけど」
「じゃあ私がやる!手出して、手!」
(手相か?この状況で?)
 今生命線の長さやしわの位置なんかを見たところで状況と関係ないような気がしたが、暗い雰囲気を吹き飛ばしてやろうという公子の心遣いを無下にするわけにもいかないので言われるがままに手を出した。
「うーん、これは……」
(素人同然だな。手相も多少勉強したからわかるが、公子は手相の見方を知らないな)
「この土地がよくないですねぇ」
「なんだその口調は」
「このアパートによくない気運が溜まってますよ!至急引っ越すべきです!」
「ちょっと待て。俺の手相にアパートの気運が出てるのはおかしいだろう」
「いいからっ。私の占いだって当たるんだよ!」
(占いが、当たる?)
 公子には一度説明したことがある。まだ付き合う前、あのバーで、占いは予言ではないと。だから当たるという表現を使うのはおかしいのだと。
(忘れてしまったのか?)
「引っ越せばいいじゃない。新宿も代官山もないところに」
「え」
「アヴドゥルの故郷でもどこでも、ついてくよ。私の運命の人が、いない場所まで連れて行ってよ」
「気づいていたのか」
「そうじゃなくて返事!」
「あ……う……あれ。そういえばこれってその、つまり………………プロ、ポーズ?」
「これ以上こっちから言わせる気なの!?」
「ちがっ、痛っ、わ、わかった!悪かった!その……い、一生ついてきてくれるか。この、嫉妬深い俺なんかに」
「嫉妬深いあなただからこそ、一生そばにいます」
 運命の赤い糸、なんて言うけれど。運命なんてものは占い師ですら分からない。既に決まっている未来なんてありえない。だから、自分の行先は自分の手で決める。産まれ持って定められたものではなく、一目合っただけで決まるものでもなく、よく話し、共に過ごしたあなたと、決めたい。


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