小説 | ナノ

「じゅ〜さんっ……じゅ〜しっ……ぜっ、ぜっ、じゅ〜〜〜〜ごっ!ぷはぁ」
「あー、今呼吸を止めてましたね?」
 足で重りを持ち上げるトレーニングをようやく終えたと思ったら、いつから見ていたのかトレーナーの仗助が寝そべる公子の顔を覗き込むようにしてやってきた。
「呼吸を止めずにやった方が効果的っすよ」
「は……は……い」
「うーん、もう一段重り下げます?」
「いえ!これでやります!」
「あはは、さすが公子さんっ!でも俺も通い始めたころ、渡されたトレーニングよりもたくさんやって逆に体を痛めただけになったこともありますからね。無理は禁物っす!」
 当たり前の話なのだが、この完璧な肉体を持つスタッフたちも昔は頼りない体だったのだろうか。
(少なくとも子供時代はだれにでもあるはずだし……いや、プールスタッフ含め彼らの丸っこい時代が想像つかん)
「今日はこれでおしまいっすね。最後にエアロバイクを十五分程漕いでストレッチしましょうか」
 公子はこのランニングマシン系のトレーニングが苦手だった。漕いでも漕いでも、走っても走っても前に進まないのがなんとなく変な感じがしてしまうのだ。
「という公子さんの不満を聞いて、今日は特別に仗助くんが隣で一緒にトレーニングします」
「え、それって私を出しに自分がやりたいだけなんじゃ……」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ!」

 タイマーをセットし、ペダルにかかる負荷を操作する。仗助の数値がぐんぐんと上がっていくのを見て公子はぽかんと口を開けた。
 だがその負荷のついたペダルを、難なく漕いでいく。公子は既に足に重みを感じているというのにこの違いは一体なんなんだ。
(知ってる……これ性別でも筋力でもない。若さよ、若さ!)
 若さはあらゆるパワーを塗りつぶす強烈さがあるのだと公子は知っている。かつては自分も若者であったから。
「そういえば東方さんて最初ここの会員だったんです?」
「仗助でいっすよ。苗字長いんで。まあ、そうですね。学生の頃に始めたんすけど、まあ金が続かなくてね、最終的に就職するしかないと思って」
「まあ確かに通う時間が省けますね」
「公子さんはすごいっすよ。スーツとトレーニングウェア、両方使いこなしてて」
「いや……ところで仗助くんはなんでジムはじめたんです?部活動?」
「や、実は帰宅部だったんす。俺ガキの頃結構やんちゃしてたクチでして、一回ヤバイ連中に絡まれたときにですね……」
 複数の武器を持った男を相手となると、さすがの仗助も太刀打ちできずに頭を地面に擦り付けることになっていた。
 そのせいだろうか、そこに助けに来た男がやたらと大きく見えたのだという。
「で、礼をしたいっつってもシカトされて、でも俺のヒーローなわけですから正体が知りたいわけじゃないっすか。そんで後をつけたらここに入っていったわけよ」
「へぇー。仗助くんが自分より大きいと思うってよっぽどですね」
「うん。まあ今見てもやっぱデカいっすよね、承太郎さん」
「じょっ……」
 公子の苦手な会員の空条承太郎が、まさかの仗助のヒーローだったとは。
「あ、足止まってますよ?」
「はっ」
 そういえば初対面のときも困っている鈴美のために公子に声をかけた。一方的にやられるばかりの仗助を助けに複数を相手に立ち向かった。実は外見が怖いだけで中身は優しいのでは?とも思ったがすぐに頭を振る。
 あれ以降公子と出会うと何かとムカつく余計な一言を言い残していく男だということを忘れやしない。
(仗助くんや鈴美さんには優しいのに何で私には……)
 承太郎の使っているマシンを順番待ちしていた時のこと。重りを持ち上げている最中の彼と目が合ったかと思うと、
「これはテメェには早い。あっちの初心者用マシンで十分だろうが」
(きーっ!別にいいじゃないの!今自分がどれくらい筋力が付いたか試したかっただけよ!自分は人にどけだなんだと言っておいて!)
「ちょ、公子さん!?心拍数上げすぎちゃだめっすよぉ〜」
 公子の高速でペダルを漕ぐ音が、ジムの中に響き渡っていた。それを慌てて止めようとする仗助の更に奥から、ぬしぬしと巨体が近づいてきて一言。
「全力でやりゃいいってもんじゃねぇんだよ。ちったぁ効率を考えな」
「……く……くーじょーじょーたろー……!」
「いちいちフルネームで呼ぶな。承太郎、でいい」
 肩にかけたタオルで汗をぬぐい、落ちてきていた前髪をかきあげるとさっさと別のスタジオへ行ってしまった。わざわざこのエアロバイクスペースに立ち寄る必要はなさそうな経路だったのだが。
「だぁぁぁ!む、むかつくっ!」


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