小説 | ナノ

「賭けでもどうかね?」
「断る」
 DIOの館の住人であれば、ダービー兄弟からこう誘われれば皆必ず断るであろう。もちろんスタンドなんか使わないよと言えば、珍しそうにビデオゲームに付き合ってくれる人は数人いるが兄の方はそうもいかない。
 アレッシー曰く、
「サマ師とやりあうなんざ金をドブに捨てるようなもんだろ」
 ダン曰く、
「賭け事ってのは胴元が勝つように出来てんだよ。オレは相手があんたじゃなくても、賭けをしないか、なんて言葉には乗らない」

「だから相手がいなくて少し物足りないんだ。サマもなし、魂のやりとりもなしの勝負をどうかね?」
「やだ」
 即答だった。まさか少しも悩む素振りすら見せてくれないとはさすがに堪える。ダニエルは苦笑の混じったため息をつくと椅子に座りなおした。向かいに座る愛しの公子は爪の手入れにご執心だ。
「どうして。君も私がイカサマをすると思ってるのかい?」
「うん。それにお金ないし」
「君は金を賭けなくていいよ。ただし、負けたら一つ命令を聞いてもらおうかな」
「それお金払うより辛いことになるんじゃないの?」
「君が勝てば君の好きなセレクトショップで買い物に付き合ってあげよう。もちろんエスコートも支払いも私に任せてね」
「話しがうますぎて無理ー。信じなーい」
 仕上げのトップコートを塗りながら顔も上げずに答える。色鮮やかな爪に艶が乗せられていく。
「ちなみにさ、私に何を命令したいわけ」
「それは負けてからのお楽しみさ」
「えー、余計に怖いわ。絶対賭けない」
「では私も負け分の支払いをするから、君も私の一つの命令をきいてくれないかな」
「やだやだ。セレクトショップで買い物し放題のうえに高級ディナーにボトル開け放題の代償でしょ。払いきれないわ」
「要求が随分増えている気がするが」
「……ハァ。いいから言ってみなって。やるかどうかはわかんないけど、本当に困ってるんだったら助けてあげるからさ」
 両手の十本の指先が輝いている。あとは乾くまでできるだけ動かさないように待つだけだ。
「なに、簡単なことさ。公子……今君がお付き合いをしているあの男性と別れてくれないか?」
「え?簡単じゃないじゃん」
「簡単さ」
 ダニエルは立ち上がり、公子の顎を持ち上げてこちらを向かせた。暴れて爪を汚したくない公子は黙ってそれを受け入れる。
「ちゃんとここに連れてきている。一言、別れると言えば開放してやっても構わない」
 パチンとテーブルに置かれる一枚のコイン。目を閉じた恋人がその小さな円に収まっていた。
「どうやって彼を賭けに誘ったか教えてあげよう。私は彼にも君と別れることを条件に賭けを持ちかけた。私の方は金だ。君とセレクトショップで買い物をしてディナーをする程度の金さ」
「うそ」
「最初は彼も驚いたがね。金を提示すればすぐにのってきた。もちろん私が勝った。すると彼は、君を一晩好きに出来るように協力するから金をもう一度かけて欲しいと言って来た。その美しい爪は、今晩のフェアモントタワーズでのデートのためだろう?」
 フェアモントタワーズはカイロ市内の高級ホテルだ。そこでゆっくりとディナーを食べてホテルで二人きりの時間を過ごそう、と提案してきたのは確かに彼だ。珍しいとは思った。常に金欠でいるような男だからだ。どうせギャンブルで勝ったあぶく銭なのだろうとは思っていたが、まさかダニエルとのギャンブルに応じているとは想像もしなかった。
「そこのディナーを予約したのは私だ。名義は私でとってある。さぁ、その美しい爪でカトラリーを取るところを私のために見せてくれるね」
 彼は、公子を担保に賭けにのった。そして、負けたのだ。そのときに口車に乗せられて魂を賭けると言ってしまったのだろう。
「君が別れると言ってくれれば、彼の肉体は無事だから蘇るかもしれない。正直、このコインはコレクションにしておく価値がないからね。ナイル川にでも捨ててしまおうかと思っているところだよ」
 賭けというのは勝てるかもしれないと思っている内は絶対に勝てない。運を天に任せるような事は勝負とは言わない。相手を、気づかない内に敗北の選択肢に追い込むことが勝負である。
(絶対にこうなるように最初から仕向けられてたのね)
 公子はコインにそっと手を重ねた。
「別れるわ」
 コインからは煙のように魂が立ち上り、肉体を捜し宙をさ迷い、溶ける様に消えていった。
「でも、ダニエルと食事に行くのは約束に入ってないわよね」
「せっかくめかし込んだのに出かけないのか?」
「えぇ。この程度で勝ったとか思わないでね」
 公子は立ち上がり、歯がゆそうな顔のままどこかへと去ってしまった。
(私は君に勝ったと思ったことなど一度もないよ。そしておそらく、これからも)


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