小説 | ナノ

 よく言えば、律儀。悪く言えば、しつこい。
「俺は借りを作りっぱなしにするのが好きじゃねぇんだ」
「だから、それはもう気にしないでって。たくさん助けてもらったし、もう困ってることはないよ?第一、あれは仕事で……」
「それ以上言うな。仕事だから、って言うな」
 事の発端は公子のアルバイト先であるテーラー新城に承太郎が客として現れたことだ。承太郎自身店に来ながらも、どうせサイズがないんだろうなと諦め半分で商品を物色していた。
 アパレル関係の店で店員から客に声をかけるのはよくあることだ。その日も業務の一環として公子は客である承太郎に話しかけた。
「いらっしゃいませ。シャツをお探しでしたら採寸いたします」
「ああ……あの、俺のサイズ、あるか?」
(タメ口……)「あ、はい。そうですね、目測でもかなり大きめのサイズなので……デザインによっては在庫がございませんのですぐに他店舗に連絡して手配いたします」
「明日必要なんだ」
「かしこまりました。どちらへ着ていかれるものですか?」
「会社のパーティー」
 何て言うものだから、公子はてっきりこの客が社会人であると思い込んで接客をしていた。厳密に言えば祖父が経営する会社のパーティーで、日程の都合上現地で買う時間がなかったので日本で準備しておくことになったのだ。
 だから街中で承太郎と再会したときに学ラン姿を見て錯乱した。

(双子の弟?いや、双子なら年齢同じでしょ、何言ってんだ私ゃ)
「スーツ屋の店員の主人サン」
「あ、依然一式ご購入下さったお客さま」
「空条承太郎だ。承太郎でいい」
「はぁ」
 こう暢気に話をしていたが、実はこのとき周囲に公子の大学の先輩が数人アスファルトに顔面を突っ伏しているという状況だった。飲み会後しつこく誘われ困っていたところを承太郎の拳に助けられたというところだ。
「あの、ケガは?」
「ねぇよ」
「えっと。ありがとうございます。一応この人たち先輩なので病院につれてきますね」
「いーんだよ、んなもん」
 救急車を呼ぼうとした公子の電話は承太郎に取り上げられ、場所と人が倒れていることを伝えると強制的に切られてしまった。
「逃げるぞ」
「え、ちょ……」
 手を引かれ、路地裏から繁華街の大通りに連れ出される。この時間の飲み屋通りを学ランの男と走りぬけるというのは、ぱっと見公子が悪い遊びを子供に教えているようにとられかねない。が、承太郎の子供要素というのは着ている服だけで、この体躯と態度から第一印象どおり年上にしか見えない。
「あの、待って下さい、空条さん」
「承太郎でいい。アンタの下の名前は?」
「公子、です」
「公子。あのときはすげぇ助かったぜ。だからこうやって恩を返すのは何も不自然なことじゃない」
 それから何かにつけて承太郎は公子の前に現れる。高校生にはまだ不必要な紳士服の小物を買いにバイト先に来店したり、大学の一般開放しているカフェテリアにいたり。既に学内では承太郎のことは公子の彼氏の社会人として噂になっている。(社会人というのも彼氏というのも否定しても何故か信じてもらえない)

「承太郎くん!今日は一緒にご飯食べに行こうか!?」
 度重なる待ち伏せに、とうとう公子が痺れを切らした。今まで姿を見られると逃げられていたので承太郎は一瞬目を丸くしたが、その後ふわっと笑うと二つ返事で返した。
(この純真無垢な笑顔に罪悪感がやられそうだけど……いい加減にしなさいって言わなきゃ)
「何食いたい?」
「えー、その辺のファミレスでいい?あんまり手持ちないから。あ、承太郎くんの分は私がね……」
「いい店を知ってる。こっちだ」
(きっ、聞いておいて無視……!)
 この俺様っぷりにももう慣れはしたが、どっと疲れがこみ上げる。しかしそう言わせているのは公子なのだ。
(初デートでファミレスとかねぇよ。ちゃんと思い出に残るようなとこ連れてってやる)
 今日は承太郎が私服なのもあって、それなりの店に出入りするのも不自然じゃない。不自然じゃあないが……
「だっ、ダメだよこんな高そうなとこ!」
「二人。個室で」
「話し聞いて?」

 通されたのは狭い個室。壁面がソファになっており、窓から東京の夜景が一望できる……と言えばこの店がかなりお高いことは想像に難くない。
「奥に行きな」
「あの、私お手洗い近いから通路側がい……」
「奥行けって」
「ひぃぃぃ……はい」
 背後は背もたれ兼壁、左と前方ははめ殺しの窓、右は承太郎。つまり、
(逃げ場ナシ!)
「飲むか?」
「飲まない」
「そう言わず飲めよ。金なら気にすんな」
「飲めないの」
「前繁華街で会った時は随分酒臭かったが」
「え、そんな臭かった?」
「気にするところはそこじゃねぇ。いいから飲めよ」
 ジントニックと生ビールで乾杯する。夕日のオレンジが徐々に紫へと変わる空を見ながら、どうしてこんなことになったのか二人はそれぞれ回顧した。

 承太郎はスーツの買い物をしている間、公子を珍しそうに見つめていた。空条家の家庭環境はかなり特殊で、幼い頃から承太郎は父の姿を見る機会が一般の家庭よりもはるかに少なかった。
「ダディはお仕事だからね」
 と母親に言いくるめられても納得が出来ないものがある。父は楽器を生業にしているから、幼い承太郎からすれば自分の趣味を優先して家庭を顧みないという風に捕らえられていたのだ。
 大人とはそういうものである、という曲がった考えは、その後学校に通ったり、近くの飲食店に行っても続いた。教師も結局生徒に威張り散らすだけの無能ばかりだし、シェフは安い原価で高いぼったくり価格を提示する守銭奴。
 だからこそ人のために親身になって働く公子を、知らない生き物レベルの感覚で見てしまっていたのだ。そして見つめているうちに……
「お客さま!こちらのお品でしたら近隣店舗に在庫がございますが、このデザインのものですと神奈川の方にございます。お時間ちょうだいいただければすぐにお持ちいたします!」
「あ、ああ……」
「お客さまのシルエットですと、やはり後にお見せした形のものが綺麗に映えます。こちらの方は袖口の形が特殊ですので、出来れば両方とも試着いただいて決めていただきたいので、ぜひ用意させてください!」
 ……好きになる。

 一方の公子であるが、接客業という職業柄、お客様からプライベートなお誘いがあるというのは珍しいことではない。高校生のときにコンビニのアルバイト中に連絡先をもらった、なんて話も聞いたことがある。
 だが、それらはみな他人の体験談だ。自分がそっちの立場になるなんて考えたことなかったし、実際になってみて自分の何にそう執着されるのかもよく分からない。
 承太郎は「あのときの礼」としきりに言っているものだから、好かれる心当たりがない以上公子はその言葉を文面そのままに受け取っている。
 それが大きなすれ違いを生んでいることに、何度かアタックを重ねた承太郎側は気がついた。だからこそ、早くハッキリ言わねばと思いこんな場所も事前リサーチをしていたのだ。
「公子。俺は何も丁寧な接客をしてくれた店員を全員こういうところに誘ってるわけじゃねぇぜ」
「う、うん。そりゃ男の人とこんなとこは来ないよね」
「は?」
「だって、店員さんって女性だけってわけじゃないでしょ?」
(……この言い方でもダメなのか。もっと、ストレートに)
 ビールをぐいっと喉に流し込み、一息ついて決心を固める。未だ状況を飲み込めていない不安そうな公子の顔を自分の方に向けて手で固定させ、泳ぐ視線もこちらを向くように無言で圧力をかける。
(この手のタイプは、好きだと言ったところでLoveではなくLikeととられる。絶対に逃げられないようにしてからこう言わねぇと)
 言うのは、物理的にも精神的にも壁際に追い詰めた今しかない。
「アンタに惚れちまってるんだ。ずっと気になってたけど、会っていく内にこれが愛してるってことなんだって気づいた。俺と、付き合ってくれ」


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