夢の中ですら思い通りにならない/鍾会 1/2


 ふと目を開くと見慣れた城の廊下。いつもの光景のはずなのに感じる違和。人影が全くない。直感する。

「夢、か……」

 時々夢だとはっきり自覚出来る時がある。そして今も。

「まぁ、自覚出来たところで、別に何がどうなるわけでもないんだけどね」

 くだらないと溜め息混じりに呟いていると、後ろからパタパタと足音が聞こえてきた。こういう夢の時はいつも人影はなかった、はず。……恐る恐る振り返る。

「鍾会さん!」

 能天気な笑みを浮かべたなまえが走り寄ってきた。
 腹立たしさが沸々と湧いてくる。何の前触れもなく出てきたなまえに。そしてなまえを見て安堵してしまった自分に。

「お前は……! 急に出てくるな!」
「へっ!? はぁ、すみません……?」
「そもそも何故なまえがここに居るんだ! ここは私の夢だぞ、出てきていいと許可した覚えは…!」

 頭の上に疑問符を浮かべているなまえを見て、あることを思いつく。
 ……何故こいつが出てきたのかはこの際置いておくとして、だ。そう、これは私の夢。何をするのも私の自由。ならばとなまえの頬に触れようと手を伸ばす。が、その瞬間、我に返り、手を引っ込める。

「私は何をやっているんだ……!」
「?」

 人の気も知らないで、相変わらず脳足りんな顔をしているなまえ。だが、この顔を見ていると不思議と落ち着いてくる。

「まったく……本当に忌々しい奴だな、お前は」
「? えっと……?」

 こんな感覚になるのは、なまえが相手の時だけ。なまえが自分にとって、どれほど特別なのか。
 ……思わず笑ってしまう、自分のあまりの滑稽さに。

「……お前に言っておきたいことがある、よく聞け」

 なまえはまだ疑問符を浮かべたままだが、言わなければいけないことがある。たとえ夢の中でも。

「私はお前が……なまえのことが……」

 次の言葉が、どうしても出てこない。伝えたい言葉は分かっている筈なのに。自分の夢の中、だというのに。
こいつを相手にしているといつも上手くいかない。自分の思い通りに行った例など、一度もない。
 なのに、どうしてもその存在が心に引っ掛かる。……夢にまで見るほど、私の心を捉えて離さない。

「私、は……」
「大丈夫、あなたならちゃんと伝えられますよ」
「……どういう、意味だ?」
「そのままの意味です」

 なまえはそう言って微笑むと、ふわりと空気に溶けるように消えてしまった。

「ま、待て! 私はまだ何も……!」

 言っていない、言えていないのに。


 今度目を開くと見慣れた天井が目に入った。体は寝台の上。夢はいつか覚めるもの、ということか。

「……はぁ」

 思いっきり溜め息を吐きながら起き上がると、何故か寝台に突っ伏して寝ているなまえがいた。思わず頭を抱え、早くも本日二度目の溜め息を吐くことになった。

「何でなまえがこんな所に……いや、これも夢か……? 最早現実と夢の区別がつかん……。」

 なまえの顔を覗き込むと、やっぱりというか、だらしのない顔をして熟睡していた。

「はぁ……何でこの私が……どうしてこんな奴を……まったく……本当に……」

 三度目の溜め息と不平不満を吐き出した後――。

「……なまえ、私は、お前のことが――」

 夢の中で言えなかった言葉を小さく口にする。まるで愚痴のついでのように。
 まったく……夢も、現実も、ろくなものじゃない。


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