勝手に飛び出してしまった事で、伝えなければならない指示も出来なかっただろうから。
本当に、スズネがいつも通りに戻ってくれて良かった。そう思っていたのは私だけじゃなく、同じ小隊の仲間であるタケルとカゲトラさんもだ。
つっかえていたものが取れたように、吹っ切れたように、初めてハーネスに来た時と同じ笑顔を見せてくれるスズネ。
もう微かな淀みも、陰もない。
「いや〜、スマンなあ。これからはバリバリ働くから、それで堪忍してな」
あははは、と申し訳なさそうに苦笑いしながら肩を組んできたスズネ。
そんな彼女の言葉を聞いて、カゲトラさんが口角を上げた。
「それならスズネには、俺とアユリの倍は頑張ってもらおうか」
「倍はキツくないですか?」
「えぇぇ〜!?そんなんただの横暴やーん!アユリの倍て、どんだけ動かなあかんねん!」
「俺達に心配させた罰だと思えば、そのくらいは安いもんだろう?」
カゲトラさん、嬉しそうだ。めったに見られないぞ、こんな意地悪そうに言葉を並べる姿。
機嫌が良いときのミゼルに重なるな。
「分かったわ……やったる!ウチの言葉に二言はないで!」
「うん、それでこそ僕達のスズネだ。やっといつもの第一小隊に戻ったね」
「そうだな。この先の戦いも、万全の態勢で臨めそうだった。これからも頼むぞ、主砲としてな」
スズネと一緒にカゲトラさんに肩を叩かれ、元気よく肯定した。
私とスズネは第一小隊の主砲。そう言ってくれる事が嬉しかった。
▼
第一小隊の士気が戻ったのはいいが、今日も防衛任務だった。
第一、第二小隊は北から攻めてくるアラビスタを。
第三、第四小隊は南から攻めてくるロシウスを。
それぞれ別れてウォータイムに参加するのは久し振りだ。
結果はまあ防衛成功で、私達ハーネスは領土を奪われる事はなかった。
《中等部二年三組、槙那アユリさん。至急、学園長室に来ること》
ウォータイムが終わり、みんなと晩御飯について話していた時だった。
スピーカーから学園長の声が響き、私の名が呼ばれる。
「アユリ、なんかしたんか?呼び出しなんて相当やで」
「まったく心当たりがないんだけど」
「行ってみれば分かるよ。ほらアユリちゃん、行ってらっしゃい!」
本当に心当たりないよ。ミゼルのことがバレた……?いやいや、ないない。
タケルにバシッと背中を叩かれ、学園長室に向かう。
初めて呼ばれるな。なんかドキドキする。
なにがダメだった?なにをやらかした?頭を捻らせながら歩き、学園長室前に到着。
立派な扉をノックして、「入ってちょうだい」と中から声が聞こえる。
「失礼します……」
カチャリとゆっくり、中を伺うように扉を開ける。
真っ先に目に入ってきたのは学園長ではなく、こちらに背中を向けた長い黒髪。
「……では、俺はこれで」
「ええ。ごめんなさいね、度々呼び出して」
「いえ」
振り向いた時に揺れる黒髪。
私をちらりと見た視線は、冷たい印象を与えるもの。灰色の制服に映える紫色の手袋。
背筋はしゃんと伸ばされ、芯のある美しさを感じさせる。
男の子なのに、繊細で綺麗な容姿。
「棘の華……」
「?」
すれ違う直前、出てしまった。思っている事が。
法条ムラクくんに対して抱いている印象が。
振り向いた時以来視線が合わなかったが、私が漏らした声に気づいて、そこで再び視線が交わる。
わ、結構身長高いな。
「え、いや、すみません……」
「君は……」
「アユちゃんよ。ムー君、仲良くしてあげてね?」
学園長が出した私のあだ名でなにかに気付いたように、法条ムラクくんが目を細める。
な、なんだろう。恐いな……。
「君が槙那アユリか」
「あっ、はい。槙那です。えっと……そちらの噂は、よく聞いています」
「そうか。こちらも、君の噂を聞いている。黄緑色のドットフェイサーがハーネスにいると」
「ひえ……それはどうも……」
ドットフェイサーが私の機体だってバレてるんだ。
顔割れもしてる……ロシウスの諜報班が探ったのだろうか。
バイオレットデビルを前にしてガチガチに緊張している私を見て、法条ムラクくんは少しだけ口元を緩めた。
あ、すごい、優しい顔。そんな顔も出来るんだ……いや出来るだろ同い年の子供なんだから。
「えっと……引き留めちゃってすみません」
「いや。またいつか、機会があれば話そう」
「ぜ、是非!」
法条ムラクくん、かなり印象変わるな。
学園長室を出て行った彼を見送り、小走りで学園長の机の前に行く。
長く待たせてしまってすみませんと頭を下げれば、笑みを浮かべて「いいのよ」と許してくれた。
ありがたい……かなり待たせちゃったのに。心が広い人だ……!
「早速だけどアユちゃん、お話があるの」
「はい」
「まずはこれを見てちょうだい」
「メタちゃん」と学園長が呼ぶと、明らかに人間ではない人型の機械が学園長室に入ってきた。
手ぶらではなく、ガラガラと台車を転がしながら。しかも台車にはなかなかに大きなダンボール箱。
なにこれ、と思っているとそれは私の横で止まる。
メタちゃんが続いて私の前に差し出してきたのは、馴染み深い私のCCMだった。
「あなたのお家から届いたの」
「え!?」
「困るのよね、ご両親からこうして荷物が届くのは。今後こういう事が無いように、電話してくれるかしら」
「す、すみません!本当にすみません!失礼します!」
CCMをひっつかむと、電話をかける為に一度学園長室を出る。
学園長怒ってたというか困ってたよ!
誰も来ないような端っこに行き、CCMに登録されている名前を探す。
母さん、なんてことしてくれたんだよ……!
『ストップだ、アユリ』
通話ボタンを押そうとした時、ポケットからミゼルの声が聞こえて指が止まる。
取り出すとミゼルは『危なかった』とため息を吐き、私のCCMの電源を切った。
『届いたんだね、ようやく』
「まって、届いたってなに?」
『順を追って説明するから、ひとまず部屋に帰って。学園長には適当に言ってごまかしてね。よろしく』
「よろしくって……」
……どうやらあの荷物は、ミゼルがやったものらしい。
確かに母さんがここに荷物を送って来るわけないか。ちゃんと説明したもんね。
ミゼルは適当にごまかせって言ったけど、そのごまかしが中々難しいってこと……わかってくれてないんだろうな。
2016.05.28