夕日に重なるオレンジが揺れた。
だらりと手すりに寄りかかり、大きなため息を吐く。
忘れ物して逆戻りなんて昔もあったな。そう失敗を繰り返す自分に苦笑いを浮かべる彼の名を、瀬名アラタ。
首を傾けて行き先の神威島を見つめていると、少し離れた場所に立って同じように島を見つめる存在を発見する。
フードを深く被り、旅行に行くにしても少ない荷物を肩にかけた……服装から見て予想するに、男。その男にアラタは近寄り、「よう!」と声をかける。
「ミゼルだよな?俺のこと覚えてる?」
「……なんの用かな、瀬名アラタ」
「そう邪険にすんなよ。仲間だろ?」
「違うね」
「えぇえ!?」
ナチュラルに隣に来て寛ぐアラタをミゼルは何も言わずに見ていた。
アユリと同じ19歳。少し大人びたその横顔は、幼さは残れど色気もある。
誰もが魅入ってしまうほどのバランスがとれた容姿をしていた。
「なんかミゼル、人間っぽくなってないか?」
「へえ、気付いたんだ」
「んー」
「実は、身体はヒトになりかけてるんだ。全部人工物だけどね」
「すげー!」
触らせて!と右手を握るアラタが目を輝かせる。
押したりつついたり抓ったりする姿は、好奇心旺盛な少年そのもの。
自分とは変わらない触り心地や柔らかさ。まさに人間そのもの。アラタはそんな2050年代の科学力に驚きを隠せなかった。
そろそろやめろとでも言うように、ミゼルがポケットに突っ込んでいた左手を出してアラタの手を叩く。
科学の力に瞳を輝かせていたその目に映る、銀色の。
「指輪?え?誰と?」
「考えられるのは一人しかいないじゃないか」
「……嘘だろ」
「事実だ。受け止めなよ」
「嘘だあぁああ!」
指輪のはまる左手を前に余裕を見せつけるミゼル。対して、その意地の悪そうな顔に青ざめていくアラタ。
結婚したのか、その内するよ、じゃあまだ俺にチャンスはあるな、キミが入る隙があると思う?
そんな賑やかなやりとりをしている内に、船は神威島に到着。
もうすぐで夜になる。
泊まるところはあるのかとアラタが聞けば、ミゼルは瞳を閉じて上を向く。
「……出るのが遅い。到着したから居場所を教えて」
「通話もできんのかよ……」
変わらないハイスペックさに苦笑いするアラタも、CCMを取り出して電話をかける。
相手はもちろん、法条ムラクだ。
繋がった時に呼ばれた疑問符付きの名前に笑う。
「パスポート忘れてさ、取りに来た。今日は泊まってくつもりなんだけど、宿舎の部屋空いてないか?」
『行ってコウタに確認しろ。全く……ジンさんにあれほど忘れ物はないかと聞かれていたのに何故……』
「へへっ。まあ俺らしいだろ?」
『そうだな……』
ムラクは頭を抱え、職員室にある落とし物ボックスを覗いた。
中を確認してもアラタのパスポートは見つからない。
ふと思いつくのは、昨日までアラタが寝泊まりしていた宿舎の部屋の307号室。
部屋を探れと言い終えた瞬間、アユリの存在を思い出した。今はその部屋にアユリがいる。
「……アラタ」
ムラクは窓の外に見える景色に視線を向け、口角を上げた。
「行っても騒ぐなよ。キョウジもカイトも日が暮れた後に騒ぐと煩い」
『わかってるって!じゃ、明日な!』
「ああ」
通話を終えたムラクに浮かぶ優しい表情。
“アユリは島に来たか?”
“アラタはこの島に帰ってきましたか?”
二人して同じ事を聞くものだから驚いた。
クスッと笑うと、荷物を纏めていたカゲトが顔を出す。そろそろ上がる時間だ。
ムラクは鞄を持ち、カゲトと共に職員室を出た。
自分達の家でもあるあの宿舎に帰るために。
「今日は眠れないかもな」
「なんか面白いイベントありましたっけ?」
「少なくとも俺にとっては、面白いイベントさ」
宿舎へ向かうムラクの足取りは軽かった。
その頃、アユリの部屋ではキョウジを含む元エゼルダームの四人がトランプをしていた。
どう足掻いてもジョーカーが手元に残るアユリが、別の遊びがしたいと嘆いていた。
アラタはパスポートを探すために、ミゼルはアユリと会うために宿舎へ向かい、道中はこの五年間の話で盛り上がっている。
次に会うときは立派になって神威島で。
その約束をしてから早くも五年の歳月が過ぎた。
まだまだ立派とは程遠い二人がこうして再び巡り会う時。
何度も呼んだお互いの名をもう一度呼ぶのだろう。
2016.06.17