君の音色を | ナノ

『祈織が入院!?』

今年最初の地方公演から帰って来た、次の日の朝。
朝食後の片付けをする右京さんから告げられた突然の知らせに、私は驚きを隠せなかった。

『入院って…祈織、どこか病気だったんですか?』
「いえ、そうではないのですが…実は先日の大学入試の試験のあと、倒れてしまったんですよ。」
『え!?』
「ああ、心配しないでください。検査の結果、あの子の体に異常はなかったようですから。」
『じゃあどうして…』
「そうですね。あえて言うなら…心の問題、です。」
『心…?』
「ええ。まあ入院は長引かないようですから、あと2、3日もすれば帰って来られるでしょう。なので蓮さんも、あまり気にしないでください。」
『…はい。』

話してくれた右京さんの悲しげな表情に、ちくりと胸が痛む。色々疑問はあったけれど、それはなに一つ言葉に出来なくて、私はただ頷くことしかできなかった…。


「ちょっとちょっと、なに可愛い女の子しゅんとさせてるのよ。」
『わ!?』

シンとした空気の中しばらく沈黙していると、突如背中に掛かった重みに思わず声を上げる。…と同時に、甘い香水の香りが漂った。

「なっ…お前!彼女から離れろ!」
「えー、嫌。」
「嫌じゃない!」
「だぁって、初めましてだもの。ね、蓮?」
『は、はあ…』

ふと振り返ると、整った顔の女の人が長い髪を揺らし至近距離で私の顔を覗き込んでいる。あれ…すごく美人だけど、なんとなくどこかで見たことあるような…

「…あら。その顔だとワタシのこと聞いてない?」
『え?な、なにも…』
「あー、京兄ヒドいんだー。ワタシだけ除け者にしようってわけ?」
「忘れていたんだ。もっとも、帰って来なければそのまま伝えずにスルーしていたと思うがな。」
「やだ、お兄様ったら優しくなーい。」
「気色悪いことを言うな変態が!!」
「あ、弟に対してそーいうこと言う?」
「誰が弟だ!!」

あ、弟なんだ…って、え?

『弟…?』
「うん?」
『今、右京さん弟って…』
「ああ、そうよ?ワタシ、朝日奈家の四男。」
『よん、なん…?』
「そ、光っていうの。よろしくね、蓮♪」
『ふぁ!?』

あまりに突然の新兄弟登場に唖然としていると、隙を突かれて今度は正面から抱きしめられてしまった。

「いい加減にしなさい!!」
「いたっ!…なによもー、拳は痛いからやめてって昔から言ってるでしょ!?」
「知るか!ああもう、あなたももっと抵抗してください!こんなのでも男なんですから!」
『は、はい!』

右京さんに言われてハッとした。見た目は完全に女性だけど、この人も一応朝日奈家の兄弟で、私たちの兄…なんだよね?

どうしよう…濃すぎる、朝日奈家。


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