▼ 刻んで
「んっ、んっ……あ、〜〜ッ」
中に吐出され、ヘンゼルはそのままくたりと体の力を抜いた。ヴィクトールは、全身の熱を冷ますように深い呼吸をするヘンゼルに覆いかぶさり、顔にキスの雨を降らせる。そして、くすぐったそうに目を閉じるヘンゼルの髪を愛おしげに撫でた。
「ヘンゼルくん……気持ちよかった?」
「……ん、」
「すごく可愛い声でてた。なんかまだ足りないって思っちゃうくらい、ヘンゼルくん、可愛い」
「……する?」
「え?」
「もう一回」
「!」
「……冗談。疲れた。明日も早いんだろ、寝る」
破壊力満点のお誘いにあっさり陥落しているヴィクトールをめんどくさそうに見つめると、ヘンゼルはそのまま布団を引っ張りあげて潜ってしまう。自分の首元に顔を埋めて寝ようとしているヘンゼルにどぎまぎとしながら、ヴィクトールはギリギリで理性を保って、ゆっくりと、ヘンゼルを抱きしめた。
「ねえ、ヘンゼルくん」
「何」
「……最近、体、敏感になってきたね」
「……うるさい」
「僕に触られているから?」
「……」
「……あのね、」
ぎゅっと背中を強く抱きしめられたことに、ヘンゼルの答えを悟ったヴィクトールは、嬉しさに心が震えるのを抑えながら、静かなトーンで言葉を紡ぐ。
「そろそろ、ドールになってもらおうと思うんだけど」
「えっ……」
ヘンゼルはパッと顔をあげて小さく驚きの声を発した。その瞳には、僅か、不安の色。ドールになって椛を助けなければ、ドールに早くならねば……そうは思っていても、いざ、ドールになるとなるとやはり怖いのだろう。何度もその目でショーをみてきているのだから。
「……僕はできればヘンゼルくんにドールにはなってほしくないんだけど……ヘンゼルくんもはやくドールになって弟とここを出たいっていうし、それに、ルールだから。僕がつくったルールとはいえ、ここまで大きな組織となると僕の私的な理由でルールを無視することはできない」
「わ、わかった……大丈夫」
ヘンゼルはまたすぐに俯いてしまう。震えるその手に、ヘンゼルのドールになることへの恐怖を感じ取ったヴィクトールはぎゅっとその背を抱きしめる。
「……あのさ、ヴィクトール」
「ん?」
「ドールになったら、どんな生活になるの。ドールって夜は、団員と一緒に寝たりするのか?」
「いや……普通、ドールはドールだけの部屋で夜を過ごすよ」
「……俺も、ドールになったらそこにいくってこと?」
質問の意図を感じ取ったヴィクトールは、そっとヘンゼルの頬を撫で、顔を覗きこむ。目が合うと、その瞳が微かに揺れた。
「……もしかして、僕とずっと一緒にいたいって言ってる?」
尋ねれば、ヘンゼルはその目を細め、ヴィクトールの手に自分のものを重ねた。そして、諦めたように笑って、言う。
「……そう言ったつもり」
トス、なにかが心臓に突き刺さったような錯覚を覚える。かあっと全身の血が茹だって、心臓がばくばくと高鳴って。ヘンゼルの頬に触れている手が、熱くてたまらない。
「そこはちょっと……考えてみる。僕も、ヘンゼルくんと一緒にいたい」
「ん……そう、じゃあおやすみ」
「えっ」
「もし俺もほかとドールと同じ部屋にいくなら、今日はまだ寝るつもりはなかったけれど」
「どういうこと?」
「最後の夜に、一晩中抱いてもらおうと思っていた」
「……っ」
うわ、なんて変な声が漏れそうになるのを、ヴィクトールは寸のところでとどまった。ここのところのヘンゼルの(ほぼ)ストレートな言葉は心臓に悪い。
あのセックスのあとからヘンゼルはヴィクトールを突っぱねることもなく、素直にヴィクトールへの好意を示してくる。
ただ「好き」とだけは言わないけれど。それは恐らく彼の最後の砦で、それを言ったら彼が壊れてしまうのだろう。だから、ヴィクトールも無理にその言葉を引き出そうとはしない。ヘンゼルの気持ちは十分にわかっていた。……今だけでも幸せだ。
「今の……ちょっとキたんだけど……ヘンゼルくん、ちょっとだけ……しないから、触っちゃだめ?」
「……俺は疲れたから動かないけど……どうぞ、ご自由に」
「ありがとう、嬉しい」
ヴィクトールはオンナ役の疲労は知らない。だから、疲れたと言うヘンゼルに無理強いはできなかった。ただヘンゼルの言葉にどうしても我慢ができなくなって、その一糸纏わない肌に手のひらを滑らせる。彼の肌はすべやかで、触っているだけでも気持ちいい。背中のなめらかな凹凸を楽しむように、ゆっくりと、触る。
「んっ……」
ぴく、とヘンゼルが身動いだ。口元に手をあて、はくはくと息をする。ヴィクトールの興奮を煽らないようにしているのか、声を出さないようにとこらえている姿がなんともいじらしい。再び自分の首元に顔を埋めているヘンゼルが、どんな顔をしてそんな愛らしいことをしているのかと、ヴィクトールは気になってたまらない。
「……ヘンゼルくん、顔、見せて……」
「むり……」
「お願い」
ヴィクトールはクイ、とヘンゼルの顎を指で持ち上げる。そうすれば、頬を染め、伏し目がちに瞳を潤ませた、悩ましげなヘンゼルの顔がヴィクトールの視界に入ってくる。下腹部が熱くなってしまう。もっとこの顔をぐちゃぐちゃにしたい……でも、だめだ。ぎりぎりの理性を働かせ、ヘンゼルの臀部へ伸びた手をぴたりと止める。
「胸、触っていい?」
「……やだ」
「最近はこっちも感じてくれているもんね……ちょっとだけ、ね」
「……ぁ、」
身体のあちこちを触りたい。背中の感触をたっぷりと楽しんだヴィクトールは、こんどは両の手をヘンゼルの胸にあてる。大きく全体をもみほぐすようにぐるぐると手のひらを回してマッサージしてやれば、ヘンゼルはきゅっと唇を噛んでその手つきを見つめている。
「触れば触るほど、ここ、感じやすくなるんだよ……僕がここいっぱい触って、ヘンゼルくんのここ、可愛くしてあげる」
「やめろって……そんなの……」
「本当に、嫌?」
「……」
黙り込んだヘンゼルに、ヴィクトールは微笑みかける。そしてゆっくりと、指先で両方の乳首に触れ……きゅっと摘んだ。
「んっ……!」
ぞわぞわとした感覚に、ヘンゼルは目を閉じて身体を強ばらせた。手の甲を噛み、ヴィクトールの手の動きを見守るようにうつむき、迫り来る快楽に耐えようとする。
嫌がってはいない……それをヘンゼルの表情から確認すると、ヴィクトールは少しだけ強めに刺激した。こりこりとそこをこねまわしていくと、小さく控えめだったそこがぷっくりと膨らんでゆく。芯をもってかたさを増したそこはさらに敏感になって、ぎゅうっと引っ張られると、思わず、胸を強調するように身体を反らせてしまう。
「可愛い……」
「んっ、んっ……」
「もっと触って欲しそうだね……身体、もじもじさせちゃって」
「……この、」
ヘンゼルはすっかり濡れた目で、ヴィクトールを睨みつけた。ほかのところは触らせないからな、そんな目だ。これ以上されたら、また最後までやってしまうと想像してしまったのだろう、流石にそれは嫌だったらしい。
「……体起こせ」
「え?」
「起こせ」
じっとヘンゼルに見つめられて、その意図もわからずヴィクトールは起き上がった。めくれ上がった布団を、ヘンゼルは後ろにはけると、ヴィクトールの正面に移動する。
「おまえ長いから最後までやってたら俺の身体がもたない」
「……ごめん」
「……だから、これで、勘弁して」
えっ、とヴィクトールが小さな声を発するのも気にせず。ヘンゼルはヴィクトールの腹部へ顔を埋め……そして、たちあがりはじめていたペニスをそっと掴んだ。
「うそ、え、まさか、……いいよ、そんなに無理しなくて」
「誰のせいだと思ってんだよ、俺ははやく寝たい」
「だ、だからって……えっ、あ、ちょ」
そのまま、ヘンゼルはペニスの先に唇で触れた。何をされるのかはわかる、でもまさかヘンゼルからやってくるとは思わず……ヘンゼルが自分の股間に身体を伏して顔を埋めるその光景に、ヴィクトールは情けなくも赤面してしまった。
「くっ……」
口淫のやり方などよくわからないのだろう、どこか拙いそれでも、ヘンゼルがしているという事実がヴィクトールを興奮させる。その光景を見ただけでもイッてしまいそうだ。すっかり堅くなったそれを遠慮がちに舐められれば、弾けてしまいそうになる。
「……ヴィクトール」
「……な、に」
「俺、わからない」
「……なにが?」
「ヴィクトール以外の人に触れられたとして……どうなるのか、わからない」
手でゆるゆるとしごきながら、竿の部分に何度も音を立てながら口付けをする。恥じらいを感じているのか、どこか淑やかで……それでいて淫靡なその仕草。思わず見惚れてしまいそうになりながらも、ヴィクトールはヘンゼルに「言わなければいけないこと」を思い出し、重い口を開く。
「……そう、ドールは調教師以外とも一回セックスをする。身体の具合を試すためにね。大体の場合は今のドールのうち、誰かとだ。実際にショーでするのもドールとだし」
「……ふうん」
「だから明日……ヘンゼルくん、ドールとしてもらうね」
ヘンゼルがちらりとヴィクトールを見上げる。不安そうに。ドールは自分と同じような境遇の人物とはいえ……先日の「C」のドールのような危なっかしい顔つきをした者もいる。元々性行為自体が好きではないのに、そういった得体の知れない人とするというのは、ヘンゼルも恐怖を覚えたのだった。
「怖くなったら……僕のことを思い出して。相手を僕だと思えばいい」
「……あのさ」
「ん、」
「……やっぱり、最後までしよう」
「えっ」
ヘンゼルは唇を拭って、起き上がる。そして、身体を起こすとヴィクトールのものの上に腰を落としていった。所謂、対面座位のセックスをしようとしているのだった。
「へ、ヘンゼルくん……!?」
「できなそうだったらヴィクトールのことを思い出せばいいんだろ……」
ず、とそのまま熱いものはヘンゼルの中に飲み込まれてゆく。一度中に出されていたためそこは柔らかく、また精液が潤滑剤となって、それはすんなり奥まではいっていった。奥を先端が突くと、ヘンゼルは小さく声を漏らし、目を眇め、静かに言う。
「……いつでも思い出せるように、ヴィクトールのこと……俺に刻みつけて」
ズン、と勢い良くヴィクトールのものがヘンゼルの奥を突き上げた。全身を大きく揺すられ、下から襲い来る強烈な刺激にヘンゼルは飛びそうになった。必死にヴィクトールにしがみつきなんとか耐えようとすれば、首筋にちくりと痛みが走る。
「んんっ……!」
噛まれている、それにヘンゼルは気付く。声をあげたヘンゼルに、ヴィクトールはハッと唇を離した。目の前にある白い首筋、ふわりと胸をざわつかせる香りを漂わせるうなじ、気付けばヘンゼルの首に噛み付いてしまっていたのだ、無意識の行為だった。
ヴィクトールはヘンゼルの肌に小さなものではあるが傷をつけてしまったことを後悔し、再び噛まないようにと口を閉じてヘンゼルの首筋に顔を埋めるが。
「噛ん、で……」
「……えっ、」
「強く、……ひどくして……ヴィクトール……もっと、」
目眩がする。そうだ、この身体に自分の存在を刻みつけるんだ――ヴィクトールの胸の中で情念の焔が燃える。ぐっと首筋に噛み付いて、意を決して強く歯を埋め込めば、ヘンゼルは甘い声をあげてヴィクトールのペニスを締めあげた。
「あっ……! もっと、強く……! あっ、ぁあッ……!」
「……ッ」
「ヴィクトール……! あっ、……、く、……」
ぎり、と背中に爪をたてられると、なぜか興奮した。次第に汗ばんでくる身体と、ヘンゼルの色が深まってゆく声、それらがヴィクトールを急かす。ガツガツと勢い良く腰を振り、中を抉るようにしてヘンゼルを突き上げて、行為は激しさを増してゆく。
「いく、……イク、あッ……! イク、……!」
やがて、ヘンゼルはぎゅうっとヴィクトールの体をキツく抱きしめて、絶頂に達した。ヴィクトールがゆっくりと体を離し、ヘンゼルの首筋をみてみれば、くっきりと赤黒い噛み痕がついている。痛々しいそれに、やりすぎたという気持ちと……高揚感が生まれる。
息がかかる距離で、はあはあと行為の激しさを思わせる深呼吸をしているヘンゼルに、また、ゾクリと征服心が生まれてしまう。
――止まらない
「……刻んで、いいんだよね」
ヴィクトールはそのままヘンゼルをベッドに押し倒し、どろりとした視線を落とした。
ヘンゼルに無理をさせてはいけない、そう思うのに……まだ足りない、自分勝手な欲望が暴走する。しかし、ヘンゼルの返答は穏やかで。
「……うん」
「もっとしていい?」
「……いいよ。俺が意識を飛ばしても、おかしくなっても、やめてって言っても……いつでも、ヴィクトールのことで頭がいっぱいになるくらいに、激しく、して……いいよ」
すでに虚ろな目をしているヘンゼルは、消えてしまうような声でそう言った。それでも、弱々しくヴィクトールの手を引いて、きて、と小さく言う。
「……戻れないよ?」
「……うん」
ふっと笑ったヘンゼルは、堕ちた天使のように美しかった。ヴィクトールは魅入られた愚者のように――静かに、口付ける。
prev / next