アリスドラッグ | ナノ


▼ 追憶・絶望9


 群青は濡鷺と共に、小さな部屋に通された。彼のことをあまりよく思っていなかった群青は、なぜ濡鷺が自分と話したがっているのかわからず、顔色を伺うように睨みつけていることしかできなかった。しかし、明らかな敵意を向けてくる群青に、濡鷺はへらっと笑ってみせる。



「柊んこと、残念やったね」

「……一度柊様を襲っておいて、どの面下げて言ってやがる」

「……ふ、」



 つ、と濡鷺がにじり寄ってきた。濡鷺が下から覗きこむようにしてあざ笑ってきたものだから、群青は苛立って舌打ちをしてしまう。



「随分とやさぐれたやないか。ええね、好きやよ。そないゆーあんたはん」

「はっ、気持ちわりいこと言ってんな、黙れ」

「そない言いなさんな。そや、もっとあんたはんの素敵な表情がみたい。ええこと教えてあげようか」

「……いいこと?」



 するりと濡鷺の手が、群青の指先に触れる。爬虫類に触れたときのようなひんやりとした感覚に、群青の背筋に寒気が走った。



「柊を殺どしたん、僕なんや」

「え……」


 
 にこ、と満面の笑みを浮かべながら言った濡鷺の言葉の意味がわからない。唖然と目を瞠る群青に、濡鷺は言い放つ。



「柊を黄泉に引きずり込んで妖怪たちに嬲らせてやったんは、僕」

「……!」



 なぜ? どうして? そんな疑問も浮かばず、群青は衝動的に濡鷺に掴みかかっていた。胸ぐらを掴み、畳に押し倒すと、妖術で焼き尽くしてやろうと手に力を込める。しかし、濡鷺は顔色ひとつ変えずに、からからと笑うのみだった。



「待ってよ。僕に怒るんはお門違いってモンどすえ」

「ああ!? 何がだよ! 殺したのはおまえ同然だろうが!」

「ちゃう。柊を殺どしたんは宇都木や」

「は……?」



 濡鷺は群青の腹を蹴りあげると、ひょいと起き上がる。よれた着物を直し、くすくすと嗤った。



「直接的に柊を殺どしたんは僕や。やて、柊が死んや根本的な理由は宇都木におます」

「……どういうことだ」

「聞く?」



 ふふん、と濡鷺は笑ってみせた。これを聞いたらおまえは一体どんな顔をするんだろうな、そんな表情だった。

 腹を蹴られ噎せながら、群青はそんな濡鷺を見つめる。柊は生前に一度、「僕の人生は宇都木に操られていた」と言っていた。濡鷺がその真相を知っているのか。こんな胡散臭い男から聞くというのもどうかと思ったが、どうしても真実を知りたい。

 群青は、静かに頷いた。



「柊は――……」



 昔、宇都木家は祓い屋としての地位を揺るがされていた。優秀な力をもつ者がなかなか生まれなかったからだ。そうして今後に悩んでいるなかに生まれたのが、柊。強い力をもつ彼は、祓い屋としての未来を期待された。

 しかし、柊の性格は祓い屋には向いていなかった。幼いころの柊は、大人しくも心優しい子供で、妖怪を祓いたがらなかったのだ。

 だから……宇都木家は、柊が妖怪を恨むように仕向けた。嫁入りしてきたために宇都木の血をひかない柊の母にあたる女を殺し、その殺害を妖怪のものであると柊に言い聞かせる。それこそ、洗脳のように。幼い柊に、ずっと「妖怪を恨め」と言い聞かせた。

 ――そうして柊は妖怪を強く恨む人間になってしまった。その恨みから、妖怪を無残に殺し回るようになってしまう。京をでて、より妖怪がたくさんいる土地へ越したあとも、柊の活躍は京の宇都木家に届いていた。柊のおかげで……宇都木家は一番の祓い屋の家系という地位を確固たるものとした。



「……それ、……じゃあ、柊様が……あんなに妖怪を恨んでいたのは……宇都木家に嵌められていたから……」

「そないゆーことやね。まあまあ、まだ続きおますから」



 柊はずっと、妖怪を殺し回っていた。……そのため、妖怪たちに恨みを買うことになる。あの世を支配する濡鷺のもとに、柊を殺すよう、妖怪たちからの要望が殺到した。

 そのころ、妖怪と祓い屋の争いは激化しており、双方、それぞれの被害に苦しんでいた。そこで濡鷺は、一番の祓い屋である宇都木家に交渉をもちかけたのである。「こちらからは手をださない。だから、祓い屋も妖怪を無闇に祓うのはやめて欲しい」と。妖怪、人間のどちらにとっても良い話だ。宇都木家はそれを承諾した。しかし、そこで濡鷺が提示した条件が――「柊の命が欲しい」というもの。「その代わりこちらからは人間の中には絶対にいないほどに美しい妖怪を、宇都木家の奴隷にしてあげよう」と。

 ……宇都木家は、あっさりとその条件を飲んだ。自分たちがその条件をのみ、妖怪たちとの抗争をとめることができたら、宇都木家の地位がさらに上がるからだ。柊の命が犠牲になっても、宇都木家のために死ぬのだから誇りに思え、くらいにしか思っていなかった。



「「柊の命が欲しい」ってゆーんは、妖怪たちん恨みがどうしても抑えることができおへんどしたからなんやけどね。宇都木が柊に妖怪を殺しいや回るように吹き込んやせいで」

「……ッ」



 ……濡鷺の話は本当なのだろうか。だとしたら、本当に柊は宇都木に人生を狂わせられたことになる。宇都木に妖怪を恨むように洗脳されたりしなければ――復讐心にまみれた人生をおくることも、命を奪われることもなかった。

 自分の憎むべき相手は? 柊の敵(かたき)は誰? 目の前の濡鷺はそれに値するのか、それとも宇都木か――群青は混乱し、固まってしまう。

 そのとき――



「……お兄様……!」



 ぱし、と襖があいて、誰かが叫ぶ。驚いて群青が振り向けば、そこには真柴につれられた紅がいた。真柴は濡鷺にむかってお辞儀をすると、そのまま去って行ってしまう。



「……え、紅……? お兄様って……」



 紅は濡鷺をみるなり瞳を潤ませて駆け寄ってきた。そして、倒れこむようにして濡鷺に抱きつく。



「お兄様……お会いしとうございました……」

「達者せやな、紅。よかった」



 濡鷺は笑って紅の頭を撫でてやる。状況を把握できない群青はただ瞠目するのみ。



「おまえと紅は……兄弟、なのか?」

「兄弟、みたいなモンが正しい言い方かいな。行き倒れとった紅を僕が助けてやった。ほんで、僕が「真実ん目」ん力をあげた」



 紅は濡鷺に擦り寄って、頬を赤らめる。濡鷺はよしよしと彼女を頭を撫でていたかと思うと、するりと着物の中に手を突っ込んだ。ぎょっとした群青の視線も無視して、濡鷺は紅の胸元を弄る。



「あぁっ……お兄様、ぁ……」

「体の具合も良さそうやな」



 紅は群青に見られているということを気にすることもなく、甘い声をあげて身をよじった。もっと触って欲しいとでも言うように、濡鷺を抱く腕に力を込める。

 呆然とする群青を、濡鷺はちらりと見つめた。そして、ふふ、と笑ってみせる。



「彼女は、僕に絶対服従や。命ん恩人やからな。僕を盲信し、愛したはる」

「……べつに、おまえと紅の関係については何も言わない……けど、」



 群青が気になったのは、紅が以前言っていた「全ての妖怪と人間のために宇都木の式神になった」という言葉と、濡鷺の「人間の中には絶対にいないほどに美しい妖怪を、宇都木家の奴隷にしてあげよう」という宇都木に提示した条件。これは恐らく同じ意味をもつもので、紅は濡鷺に言われて宇都木家の式神になったということになる。



「……人間と妖怪の抗争を止めるためとはいえ……自分の妹にあたる紅を宇都木に売っておまえは心が傷まないのか。今、彼女は宇都木家で酷い扱いを受けているってこと、知らないのか」

「……酷い扱い?」

「そうだ、男たちの慰みものに……」

「……ああ、知っとるけど」



 へら、と濡鷺は笑う。平然としているその様子に、群青は眉を潜めた。



「紅をこないなに淫らな体にどしたんは、僕。ほんで、宇都木に彼女を性奴隷としいや扱うように提案どしたんも、僕。こないなに可愛らしい娘なんや、宇都木は喜んで紅を引き受けた。いやあ、便利な女どすえ、紅は。僕んええように動いてくれるから」



「……おまえ、紅をなんだと思っているんだ」



 ぽろり、言葉がこぼれる。すうっと血が引いてゆくような、そんな感覚を覚えた。



「紅は……生きているんだぞ……奴隷、なんかじゃない……おまえのいいように動く人形なんかじゃない!」



 強い怒りが沸き上がってきた。紅についてはあまり知らないし、親しいというわけでもない。しかし、紅があの酷い扱いを受ける原因が、そしてそれを彼女自身が甘んじて受け入れている原因がこの濡鷺という男にある。なぜ、紅がこんな目にあわなくてはいけないのか。おかしいじゃないか。あまりの理不尽さに、群青は怒りを抑えることができなかったのだ。



「よお怒るんやね。やて、これについても僕に言われても困るわ」

「ふざけんな! おまえのせいで紅がこんなことに……!」

「僕はあくまで提案をどしたやけや。実際に紅を使こうて遊んでおるんは宇都木やないか」

「でも……!」

「人ん欲はこわい。宇都木は欲望を掻き集めたような、そない家や。ここに関わってしもたことを後悔すんだね」



 群青は黙りこむ。濡鷺の言っていることは、間違ってはいない。この男が外道であることは恐らく間違いないが、実際に手を下しているのは、宇都木だ。すべては、宇都木が。柊が死んだのも、紅が辛い境遇にあるのも……宇都木のせい。

 自分は……どうすればいい。

 目の前で、濡鷺が紅の身体を弄りだす。身体を震わせながらよがる彼女。しかし、全く声が耳に入ってこない。



「まっすぐやった瞳が淀んでおる。群青……あんたはんもまた、宇都木に狂わせられたモンん一人、足掻け、苦しめ――愛おしい顔を僕にみせてくれ」



 くつくつと声を殺して嗤う濡鷺の顔は――それはそれは、愉しそうだった。


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