アリスドラッグ | ナノ


▼ 追憶・桜の花19


「群青様〜あけましておめでと〜!」

「おめでとうございます〜!」



 正月の慌ただしさも過ぎた頃、群青と柊が外を歩いていると、二人の少女が手をつないで駆けてきた。金色の耳と尻尾を生やした二人は、狐の妖怪である。二人は群青をみつけるなりぴょこぴょこと近づいてきたのだった。



「おう、はなゆら。あけましておめでとう」

「はなゆらって呼ばないで! こっちがはなで私がゆらだよ! まとめないで!」

「だって二人でいつも一緒にいるじゃん」

「きー!」



 ぷりぷりと怒り出す二人の頭を、群青はくしゃくしゃと撫でてやる。そうすれば二人はあっさりと機嫌を治したようで、にこにこと笑い出した。群青の隣に立っている柊をみて、興味深げに群青に尋ねる。



「群青様、この方は誰? 人間だよね?」

「お友達?」



 じっと見つめられて、群青と柊は目を合わせて苦笑する。困ったように柊は視線を泳がせたが、群青は迷いなく、答えた。



「恋人」

「えっ、ちょっと……」



 さらりと「恋人」と言われて、柊は驚いたように群青の手を掴む。



「え、言っちゃだめでした?」

「そ、そうじゃなくて……おまえ、偉い妖怪なんだろ。僕なんかとこういう関係にあるって公言していいのか」

「何言っているんですか」



 群青は柊の肩を抱き寄せる。そして、わあ、と声をあげたはなとゆらに向かって、自信満々、といった風に言ってみせた。



「柊様、俺の自慢の恋人な! 外歩くときは仏頂面してるけど俺の前ではめっちゃ可愛いから!」

「かっ……」



 可愛いとか言うな、という言葉もでてこないくらいに、柊は恥ずかしくなってしまった。片手で口元を覆うようにしながら、はなとゆらの視線から逃げるように顔をそらす。しかしはなとゆらは更に興味津々と言った様子で迫ってきた。



「じゃ、じゃあ! ちゅーしたの!?」

「した!」

「みたい! 群青様がちゅーするところ見たい!」

「はあ? やだね、みせもんじゃねえよ」

「え〜? じゃあもう一個質問! いやらしいことはした?」

「んー、それはこれからかな」

「きゃー! 群青様もいやらしいことするんだ! きゃー!」



「〜〜ッ、ちょ、ちょっとこっちこい!」



 柊が慌てたように群青の手をひいて歩き出した。群青ははなとゆらに「じゃあな」と言って引きずられるようにして柊についてゆく。

 ひと目のないところまでいくと、柊は困ったように群青の胸に顔をうずめた。湯気がでそうなくらいに肌を赤く染めた彼の様子に、群青は少し焦ってしまう。



「あ、もしかして人に言われるの嫌でした?」

「……ううん」

「えっと、じゃあなんで」

「……ごめん。まだ、群青と恋人だって実感できていないから……恥ずかしかった」

「す、すみません! あんまり言わないようにしますね! 柊様と恋人同士になれたことが嬉しすぎて、つい」

「嫌ってわけじゃないから、謝らなくてもいいよ。ああいう風に、僕のことを恋人ってちゃんと言ってくれるの、嬉しかった」



 柊が顔をあげる。相変わらず、柊は赤面しやすく、そして涙目にもなりやすい。群青が初恋の相手なのだから、仕方ない。……ただ、群青にとってそれは目に毒で。そんな表情をされると、場所に構わず欲情してしまう。



「……柊様、ごめん。まだ慣れてないんだよな」

「僕の方こそ……」

「……だからさ、俺と恋人だってことに慣れるように……」



 群青が柊の唇を親指で撫でる。柊は瞳を揺らし、ぴくりと身動いた。



「……していい?」

「……え、でも……ここ、外……」

「誰もみてない」

「……っ」



 柊が群青を見上げ、震えながら頷く。そっと群青と距離をつめて、く、と顔をあげた。



「んっ……」



 群青が柊の唇を奪う。後頭部を掴み、腰を抱き、食らいつくように口付けた。二回目の口吸いであるのに、少しがっつき過ぎている……群青はそう思ったが、止められない。あんな表情をする柊が悪い。ぎゅっと着物を掴んで、必死に群青にしがみついてくる柊の様子に、更に煽られて、彼に覆いかぶさるようにして口付けを深めてゆく。



「ん……んん、ん……」



 そろそろまずいかもしれない。柊が声を漏らしだしたあたりで、群青は唇を離した。ぐったりとしながら自分にもたれかかってきた柊の背をぽんぽんと優しく叩いてやりながら、やっぱりやりすぎたと自戒しだす。



「……ご、ごめん、柊様……やりすぎました」

「……この、馬鹿」

「本当、ごめんなさい!」

「……外では禁止。ふらふらになるから」

「え、えへへ……口吸いだけで腰くだけちゃうとか可愛い……」

「……うるさいぞ、ばか」

「……あの、じゃあ……家ではいいんですか? 今みたいな、ちょっと激しいの」



 ぴた、と柊が固まる。「だ、だめですよね〜」と群青が言おうとしたところで、柊がぼそりと呟いた。



「……いい」

「え?」

「いい、けど」

「……えっ、いいの!?」

「……いいけど……その……まだ、ついていけないから……ゆっくり、して欲しい……ごめん……」



(う、うおおおおお!)



 恥ずかしがりながらも許可をくれた柊に、群青の胸は歓喜に満たされる。



(可愛い、さいっこうに可愛い!)



 がしりと肩を掴めば、柊はびっくりしたように目を見開いた。妙ににきらきらとした表情でいる群青をみて、柊は顔に疑問符を浮かべる。



「ゆっくり、いきましょう! そしていやらしいこともしましょうね!」

「……っ!?」



 群青の言葉に柊はぎょっとしたように肩を跳ねさせた。そのままずるずると群青にしなだれかかるように抱きついてしまう。



(そうか……恋人だからそういうことするのか……そうか……群青と、そういう……ああ、もう心臓もたない)



 柊の心など群青はいざ知らず。抱きついてきた柊の可愛さににやにやとしながら、ぎゅっと抱きしめ返してやった。


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