アリスドラッグ | ナノ


▼ 月光海戦3


 雷雨が激しくなり、まともに目を開けていることすら辛くなってくるころ。海戦は、いよいよ移乗攻撃へと移ってゆく。船を敵船の側につけ、直接乗り込んでゆく戦闘だ。わずかの砲弾が命中していた敵船は劣勢で、オーランド側が乗り込むことになった。



「死ぬなよおまえら!」



 各々がばらけて、敵の海賊を撃ちにゆく。ウィルはそもそもこの海賊を撃つということではなく、オーランドを守るということを目的としていたため、オーランドの側を離れなかった。海兵として莫大な被害をだしているこのチャールズの海賊団は撃つべきだが、今の自分が海軍に属しているのかと言われればうなずけない。どちらかと言えば、不本意ではあるがオーランドの海賊団の一員として戦っている。だから、積極的に敵を撃ちにいこうという気にはなれなかった。オーランドに近づいてきたものを倒す、それのみ。



「――ウィル!」

「なんだ」

「俺はいい、あっちの手助けをしてきてくれないか!」

「あっち?」

「フィンのほうだ! あいつが、ヤバイ!」

「え……?」



 オーランドが視線で示した方を見遣れば、副船長であるフィンがいまにもやられてしまいそうな状況にあった。このまま一人にすれば、確実に殺されるだろう。……でも。



「俺は……オーランドを、」

「頼む、ウィル……! あいつを助けてやってくれ!」

「……っ」



 オーランドの必死な表情が、胸を抉るようだった。ウィルにとってはそうでもないが、オーランドにとってフィンは大切な仲間だ。彼が死んだら、きっと……



「……くそ、オーランド、絶対死ぬなよ、わかったな!」



 後ろ髪を引かれる思いで、ウィルは走りだす。オーランドの幸せのために死ぬ、オーランドの幸せのために戦う――だから、彼の仲間を守る。



「――フィン!」



 急いで駆けて、ウィルはフィンのもとに辿り着く。雨で濡れた足場に足をとられそうになったが、なんとか間に合った。ウィルは満身創痍のフィンの前に立ちはだかり、敵の剣を弾き飛ばす。



「おまえ……ウィル!」

「……助けたくて助けてるんじゃないからな!」



 ウィルは銃を抜いて、周りの敵の脚を中心に攻撃してゆく。早くこの場を終わらせて、オーランドのもとに戻りたい。一々剣で斬りつけていたら拉致があかない。戦闘不能にさえしてやればいい――次々に敵を撃ってゆくウィルを、フィンは呆然と眺めていた。



「お、おまえ……意外とやるな」

「……だから俺は海兵だって言ってるだろ。海にプカプカ浮いているだけのそこら辺の海賊よりは戦える」

「いやー……船長のオンナだとばかり思ってた」

「……おまえここで死ぬか?」



 額に銃口を突きつけられて、フィンは慌てたように顔を振った。これ以上減らず口は叩かないと判断したウィルはため息をついてフィンを睨みつける。



「……俺は戻る。もうヘマするなよ」

「おう、……助かった、ありがとな」

「……ん、」



 オーランドの海賊団は、異常な戦闘力を持っている――というのは、一戦交えて思っていた。人間のそれを超えた怪力を持っている。それはきっと、椛の唄を聞いて脳に異常をきたしているからだとウィルは推測していた。椛はただ捕らえられてオーランドの船に乗っているため、唄によって海賊たちが狂ってしまうことにさほど抵抗感を覚えていない。歌えと言われたままに歌って、今の状況になっているのだろう。

 そんな、オーランドの海賊団を苦戦させているこの海賊たち。海軍のなかで話題にあがるというだけあって、相当に強い。下っ端くらいならばウィルでも倒すことができるが――

 向かってくる敵を払いながら、ウィルは必死にオーランドのもとへ戻る。彼を一人にはさせない、早く、早く――



「――オーランド!」



 視界にはいってきたオーランドの姿に、サッと血の気がひく。敵側の海賊が、二人がかりでオーランドに襲いかかっていた。相手のうち一人はおそらく敵の船長――チャールズ。今にも急所を突かれそうになっているその戦況に、心臓がとまりそうになった。




「……ッ!」



 オーランドと敵の間に割入って、刃を受け止める。間一髪、ギリギリ間に合った。あと少し遅れていればオーランドが死んでいた、そう思うと息が恐ろしさにあがってくる。



「ウィル……!」



 突然現れたウィルに、オーランドは驚いたようだった。ウィルはそんな彼の隣について、剣を構え直す。邪魔が入ったからか舌打ちをしながらも、チャールズはちらりとウィルをみて笑った。



「……おまえ、その構えどうした」

「……?」

「ずいぶんとちゃんとした剣術使うじゃねえか。どこかで習った?」

「……そんなこと答えるつもりはない」

「面構えもなあ、なんだかなあ、「いい子チャン」なんだよな。もしかして海兵だったりして」

「……!」



 なんでそんなことわかるんだ、そう思ってウィルは思わず黙りこむ。あまり自分が海兵だということは公言したくない。どこで情報が流れて、オーランドの手助けをしたということが本部に伝わり義父の名誉に傷をつけるかわからない。しかし、黙ってしまったことがまずかった。チャールズは嬉しそうに唇を歪めて、叫ぶ。



「ビンゴ!」



 その瞬間、チャールズがウィルに剣を突き出してきた。勢いのある突きだったため、ウィルは後退しながらそれを剣で受け止める。オーランドから少し離れてしまったことに焦ったが、戦力を分散できただけマシかと思い直す。



「俺も遠い昔海兵だったんだ。懐かしいなあ。手合わせ願おうか!」

「……海兵……!?」



 海軍のなかでチャールズが海兵だったということが話にあがっていないということは、彼が海兵だったのは相当昔のことだろう。ただ、そこら辺の海賊よりも厄介なのは確実だ。訓練を受けた剣術と、海賊特有の荒っぽさが混ざった戦い方。



「……ッ」



 刃がぶつかる。確実にチャールズの実力は自分よりも上だとウィルは悟ったが、勝機が見いだせないというわけではない。オーランドが戦っている相手はチャールズに比べれば確実に弱い。オーランドが彼を倒すまで自分が持ちこたえて、二人がかりでチャールズにかかれば、恐らく勝てるだろう。

 そうと決まれば防御を主体にした戦いに切り替える。こちらの体力があまり削れないように、なるべく攻撃を受け流す。思惑がバレないように、多少の攻撃も交えながら、その時を待つ。

 しばらくそうして時間を稼いでいると、どさりと重い音が聞こえてきた。オーランドが敵を倒したのだ、いける、二人ならチャールズにもきっと――



「――ッ!?」



 勝利を確信した、その時。強烈な痛みを脚に感じて、ウィルは倒れこんだ。一瞬のことだったため、何が起こったのかわからなかったが――は、と空の暗さをみて、気付く。

 ――日没。



「――急にどうした、隙だらけだぞ!」

「ウィル!」



 刃が、自分に向かって振り下ろされる。だめだ――そう思った時、目の前に自分を庇うようにして立ちふさがる者が。



「……オーランド、」



 血飛沫が床に飛び散った。――頭が真っ白になった。

 オーランドは上半身に、大きな傷を受けていた。それでも、彼は立っていた。ここで自分が倒れれば、ウィルがやられる、その想いが彼を動かしていた。動く度にオーランドの体からは大量の血が流れ出る。しかし、彼は戦う。そのまま戦い続ければ失血で死ぬ。



「……オーランド、待て、もう……」



 せめて、銃で助太刀したいところだがもう弾切れだ。自分は何もできない? ただオーランドが殺されるところを見ていることしかできない? 絶対にいやだ、彼のために戦うと決めた、彼の幸せを守ると決めたから――



「――ッ」



 ウィルは鞘を杖代わりにして、勢い良く立ち上がった。痛みの感覚が伝わってくる前に、素早く。そして、大きく脚を踏み出して剣を交える二人の間まで回りこみ、チャールズに向かって大きく剣を振りかぶった。



「――なんだおまえ、動けるのか!」

「……う、あっ」



 痛みで脚の踏み込みが効かない。威力のないその攻撃は、チャールズには全く通用しなかった。あっさりと剣を弾き飛ばされてしまったが――チャールズに一瞬の隙ができる。オーランドはそこに一気に突っ込んだ。チャールズの体を、思い切り掻っ切る。



「……ッ」



 チャールズの体が、崩れ落ちる。今の一撃で、急所をつけたらしい。

 そして、それと同時にウィルとオーランドも倒れてしまう。ウィルは尋常ではない脚の痛みに意識が飛んでしまいそうになったが、失血により肌が青白くなっているオーランドに這い寄った。



「……オーランド、……オーランド!」



 船長をとればこちらの勝ちだ。戦いは少しずつ収まってゆく。しかしオーランドも今にも命を途絶えさせてしまいそうにあった。苦しそうに呼吸をするオーランドに、ウィルは泣きながら縋りつく。



「……オーランド、待って……死ぬな、お願いだから……」

「……死んで、ねえ……勝手に、殺すな……げほ、」

「は、話さなくていいから……!」



 ウィルはコートを脱いでオーランドの傷口にかけてやると、その手を握ってやる。



「――船長!」

「ほかに、負傷したやつは! はやく船医のところへ……!」



 敵を抑えつつあった仲間たちが集まってくる。オーランドと一緒に、脚を動かせないウィルも抱えられるようにして運ばれたが、その間もウィルはオーランドが死んでしまうのではないかという恐怖に怯え、ずっと震えていた。


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