▼ 新たなる奇跡へのプロローグ2
墓にジークフリートと二人でいくまで、会話はほとんどなかった。偽りの恋仲であった気まずさというよりも、ジークフリートが常に呆けていて会話にならなかったのである。幼いころからずっと影を追い続けていた人が亡くなったのだから仕方のないことではあるが、椛も流石に心配になってしまった。
墓地に辿り着き、たくさんの墓石が見えてくると、ジークフリートの脚が止まる。不思議に思って先導していた椛がジークフリートを顧みれば、彼の脚が微かに震えている。
「……ジーク。いきましょう」
「……いきたくない」
「……ほら、カイが待ってます」
「待って……、」
椛がジークフリートの手をとる。墓石にカイの名前が刻まれているのを、ジークフリートは見たくなかった。本当にもう二度と会えないのだという現実を、見たくなかった。それでも、椛は手をひいた。きっとこのまま逃げ続けたら、ジークフリートは変われないだろう。
いくつかの墓石を横切って、やがてその墓の前まで辿り着く。まだ新しいその墓石には、たしかにカイの名前が刻んであった。ジークフリートはそれをみつめ、しばらく黙っていた。しかし、静かに瞳から涙を落とすと……ぽそりと呟く。
「カイ……おまえ、死んだんだな」
風が吹いた。墓石の周りに生える雑草が、さらさらと揺れる。
すとん、とジークフリートは崩れ落ちるように座り込んだ。そしてー――嗚咽をあげ始め、声をあげて泣き出した。
カイの死という現実が、一年遅れてジークフリートに突き刺さった瞬間だった。カイがジークフリートにとってどれだけ大きな存在であったのか、椛はなんとなくではあるが感じ取っていた。椛の前では常に優しさをたたえていたジークフリートの顔、それがカイと対峙したときにはころころと表情を変えて、人間らしさというものをもっていた。
「カイ……愛していた、ごめん、俺……ずっと、おまえのこと、好きだった」
ジークフリートがカイの死を乗り越えるのは、自分よりも少し時間がかかるかもしれない……椛はそう思いながらジークフリートの震える背中をみつめていた。でも、この墓の前にきて、ジークフリートは涙を流した。逃げていたカイの死と、向き合った。それだけでも……彼にとって変わるきっかけとなりえるだろう。
「……なあ、シンデレラ」
「……はい」
「なんでカイはおまえのことを、椛って呼んでいたんだ?」
「ああ……本当の親につけてもらった名前だったんです。今はシンデレラって呼ばれているのでそう名乗っていますけど……」
「じゃあ……椛、が本当の名前なんだ」
「はい、そうですね」
ジークフリートが墓の前に供えられてある青い花の花弁を撫でる。朝に椛がここにきたときに供えたものだった。
「俺……まだ、カイが死んだって……受け止められない」
「……はい」
「でも……ずっとこのままでいたらまた前と同じだ。カイは……少しだけ変わった俺をみて、嬉しそうにしていたのに……」
ジークフリートが顔をあげる。その瞳は椛をとらえていた。
「……お願いがあるんだ」
「……なんですか?」
「……一緒にきてほしい」
「?」
あ、と椛は声をあげそうになった。ぼんやりと焦点の定まっていなかった瞳に、かすかに光が戻っている。
「来年も……再来年も、この日になったら、今度はあいつの好きだった青い花をもってここにくるよ。だから……一緒に、きてくれないか。……椛」
「……!」
ああ、カイ。貴方は本当に、奇跡を降らせる力をもっていたみたい。人の心を一度は捨ててしまった彼が……変わろうとしている。
「……はい。この日になったら……来年も、再来年も。……貴方のことを――」
眩しかった貴方の光は……永遠に続くでしょう。
「――待っています」
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