きみとの時間6

 お風呂からあがって沙良の部屋に戻ると、沙良がベッドに座って待っていた。なんとなく、行きづらい。沙良を望むことは、「ご主人様」に逆らうことに繋がる。そう考えると、足がこわばってしまう。でも……


「先輩、こっち」


 沙良が笑って、自分のそばをぽんぽんと叩いた。その柔らかい音と、彼の笑顔にひっぱられるようにして……足は動いてゆく。波折は沙良のそばまでいくと、隣にぽふっと座って、そして頭を沙良に寄せる。

 やっぱり、沙良の隣は心地よい。ひだまりのようだ。太陽の光が眩しいと感じることもあるけれど、明るいところは気持ちいい。いっそ全てを忘れて彼に身を任せたいと思うほどに。


「先輩。あんまり、聞いて欲しくなさそうだから詳しくは聞きませんけど……俺、もっと波折先輩のこと、助けてあげたい」

「……」

「いつも、どこか不思議なところがあって、俺の知らないなにかが波折先輩にはあるのかもしれないけれど、俺、波折先輩の苦しんでいるところ、みたくないんです」


 手を、重ねられる。そして、もう片方の手は肩を抱いてきて。


「先輩……俺じゃ、だめですか」


 唇を、重ねられた。

 自分が彼の嫌いないきものだと知りながら、こちらから彼に寄り添っていくことは酷いことだと、わかっている。それでも、「ご主人様」の意向に反したことを考えてしまうくらいに、自分は沙良のことを好いている。波折はぐるぐると心のなかで回る様々な想いにさいなまされながらも、目を閉じて沙良のキスを受け入れた。


「んっ……」


 沙良とのキスは心がぽかぽかとしてくる。同時に胸がぎゅっと締め付けられる。
 
 沙良に抱きつけば、腰を抱かれて引き寄せられた。なんだか前よりもかっこよくなったかな、なんて思う。こうした行為のなかに少し余裕がでてきて、大人っぽくなったというか。

 愛してくれているんだな、と思った。いつもよりも優しいこのキスは、きっと波折が苦しんでいるから、慰めようとしてくれているキス。波折に恋して、恋して、ただ好きだと想いをぶつけてくるだけの前の彼だったらできないかもしれない。波折に恋をするなかで、沙良は成長したのかもしれない。


「は……」


 唇を離すと、沙良が愛おしげに見つめてきていた。甘ったるいな、と思う。まるで、ドラマなんかにでてくる恋人同士のような雰囲気。彼らに憧れを抱いたことはないけれど、こうして似通った雰囲気のなかにいるとそれもやっぱりいいものだなと思えてくる。ふわふわとした心地に身を任せて、それがずっと続いていったらきっと楽しいんだろうな、と思う。


「先輩」

「あ……」


 そのまま、押し倒される。見下ろしてくる瞳が、優しい。色々と沙良との先のことを考えて苦しくなって彼を拒みたいのに、彼の優しさに流される。このまま流れて行きたい。覆い被さられてキスをされると、飛んでしまいそうになる。彼の背に腕をまわして、舌を絡めて、じわりと流れ込んでくる熱を堪能した。ちょっと前は、こっちから彼を手ほどきするように行動を起こしていたのに、今はこうして彼のほうから動いてくる。こうして沙良の変わり様ばかり意識しているのは……別れが近い、そんなことを感じているからだろうか。


「あっ……」


 あと、何回沙良と身体を重ねられるかな。そう考えると今この瞬間のふれあいがすごくすごくきらきらとして見えてきて、切なくなった。もっと身体を密着させたくて、沙良の背をぐっと抱いて、その体を引き寄せる。

 まだ高校一年生の沙良の体は、細身だ。これから彼には成長期がやってきて、大きくなるだろう。もしかしたら自分よりもずっと大きくなってしまうかもしれない。そう思うと微笑ましいけれど、その頃にはきっとこんな関係にはない。


「沙良……」

「波折先輩……」

「沙良……もっと、……」


 身体の奥のほうがじんじんと熱いけれど、こうした優しいキスをもっとしたい。もっともっと、彼の体、仕草、反応のひとつひとつ、覚えて、たからものにしたい。

 コチコチと時計の針が鳴り響く中、ずっとキスをしていた。ここまでキスを丁寧に優しくやることは、あまりないような気がする。心臓がとくとくと丁度いいリズムでなっていて、きもちいい。

 口付けで交わす熱が融け合って、ひとつになったんじゃないかと錯覚するくらいになって、そのころにやっと沙良が波折の服を脱がしだす。シャツをたくしあげられて、そしてそろりと肌を撫で上げられた。


「んっ……」


 沙良の手、触れ方、意識するとよけいに感じてしまう。彼のかすかな呼吸の音すらも敏感に感じ取って、波折はどきどきとしてしまって身体をよじる。


「あっ……あぁっ……」

「先輩……きもちいい?」

「きもち、いい……」


 唇で愛撫される。全身を、丁寧に丁寧にそうされると、頭の中がふわふわとしてくる。波折は口に手をあてながら、ぴくぴくと震えて、その快楽に悶えていた。脇、指先、ほんとうに隅々まで舐められる。沙良の所有物になったような感覚を覚えて、うっとりとしてしまった。


「沙良っ……あ、あぁ……」

「先輩……」


 しつこいくらいの愛撫のあと、ようやくひとつになる。焦らされているのかと思ってしまうくらいに身体を触られて、やっとひとつになった。早く欲しい、早く欲しい、そう思いながらも沙良に触られるのが嬉しくて欲しいのに耐えて耐えて、耐えたところにやっと挿れてくれた。たまらなく気持ちよくて、全身がゾクゾクと震えて、挿れられた瞬間にイッてしまう。


「イッ……あ、」

「先輩……可愛いです」

「沙良っ……」


 沙良はぎゅっと波折を抱きしめて、しばらく動かないで肌を触れ合わせる。じわじわとお互いの体温が融け合ってひとつになって、そして息のかかる距離で見つめ合う。


「好きです……先輩。大好き」

「さら……」


 好き、と言いたかった。でもその言葉はでてこない。沙良に「好き」と言ってしまえば、その言葉が沙良を縛り付けてしまうんじゃないかと、そう思ったからだ。沙良はいつでもこちらから離れられるようにしてあげなくちゃいけない。もともと交わってはいけなかった、そんな人間だから。この刹那が、奇跡のようなものなのだ。


「うっ……」

「先輩……また、泣いてる」


 沙良が波折の目元を指で触れる。じわじわと体内に侵食してくる沙良の体温が、血を溶かして涙になったような、よくわからないけれどいつの間にか泣いてしまっていて。沙良とセックスをしている、それが幸せなことなんだと改めて感じてしまった。波折が涙に濡れた瞳で沙良を見つめれば、沙良はふっと微笑んだ。


「波折先輩」


 ちゅ、とキスをされた。そしてよしよしと撫でられた。波折が感極まってぎゅっと沙良を抱きしめれば、沙良はゆっくりと腰を動かし始める。


「んっ……、ん、ん」


 ゆっくりとした抽挿から、徐々に早まっていく。唇を合わせたまま動くのは少しつらかったけれど、でもキスをしていたかった。波折が沙良の頭を掴んで、離さなかった。


「んっ……ふ、……」


 瞼の裏がチカチカとしてくる。もう何度もイッてしまって、身体がガクガクと震えていた。時間の経過がわからなくなってきて、このままこの快楽が永遠に続くんじゃないかと感じてきて、おかしくなってしまいそうだった。


「ンッ――」


 しばらくの後に、沙良が波折のなかで達した。二人でイクと同時に唇を離して、そして見つめ合う。


「っ……さ、ら……」

「波折先輩……」


 白波が迫ってくるような感覚に襲われる。絶頂に浸って、そのまま意識が飛んでしまいそうだ。ゆるやかに、波折の視界が白んでいって……そして、最後に沙良の切なげな微笑みがみえたとき、ぽろりと唇から、溢れる。

 「すき」、という淡い言葉が。

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