魔女たちの反撃
夜も更けるころ、波折と鑓水は波折の家に到着した。波折は無理なセックスをされたせいか、疲れていて家につくなりぱたりとベッドに転がってしまう。
「……おまえのご主人様さ、ほんと、頭おかしいんじゃないの」
鑓水は波折の傍らに腰をおろして、ぼそりと呟いた。淺羽に挑発されて波折に無視を強いてしまったことを、今になって反省する。ねぎらうように波折の頭を撫でながら、鑓水はため息をついた。
――淺羽は、おかしい。淺羽が犯罪行為をしているのは、自らの知的好奇心を満たすためだという。魔術と人間性はどこまで関連しているのかを知るため……それだけだ。学問的にその事実を証明して社会的地位を得たいわけではない。そもそも犯罪行為によって証明しようとしている時点で、その線は薄くなる。本当に、ただ知りたいだけ。それだけのために、人を殺すことも厭わない。
「……それでも、おまえはアイツについていく。もう、離れられないんだろ」
「……うん」
「おまえさ、それで幸せなの」
鑓水が波折の手を掴むと、波折がぱちりと目を開く。
「慧太がそばにいてくれるんでしょ。幸せだよ、俺」
「……そっか」
波折の言葉を聞いて……鑓水は、淺羽に言われたとある言葉を思い出す。
今、魔女たちが今の「魔女狩り」の風潮に意を唱えているらしい。魔女たちのなかにはもちろん自らの欲のために魔術を使おうとする者も多いが、そうではない人たちがいる。「魔術は悪」であるという世間の認識を変えたいという者だ。
魔術は悪しき人が使うと非常に危険であるため、その使用を禁じられている。だから、魔術を使うもの全てを魔女と呼び裁判官が彼らを捕らえる「魔女狩り」が法によって正義とされている。しかし、それに反対する者たちは魔術を危険なものであるとは捉えていない。人類の進化の兆候である、と言っているらしい。サルがヒトになるとの同じように人間が魔術を使えるようになるのもまた進化であると。魔術の使用を禁じてしまっては、その進化がないものとなってしまう……そういった主張をしている。
そんな声をあげている彼らは、陰で集まってこれから社会に力を持って世直しを唱えるらしい。
――それを聞いた時、鑓水は血の気が引いた。世直し、と言えば聞こえはいいが彼らのやろうとしていることは、テロだ。思考は確実に理論が破綻していて、ただ自らの主張を押し通すために人を殺そうとしているのだと、一歩引いたところから話を聞いた鑓水にはそうとしか思えなかった。
そのうえ……淺羽はその組織にはいっている、というのだ。淺羽の目的はあくまで魔術を知ることであり彼らとは異なるが、彼らと手を組むことで利害は一致する。テロを起こそうと目論む魔女組織の一員である淺羽の配下となってしまった鑓水は、必然的にその組織に入ったことになる。多くの人の命を奪おうとする、その組織に。
「……!」
これからの自分の行く末に不安を覚えたとき、ポケットの中のスマートフォンのバイブレータが鳴る。開いてみれば、メールが届いていた。メールなんて普段大したものが届かないから普段は気が向いたときに一気に確認する程度だが……妙な胸騒ぎを覚えて、鑓水はメールを開く。そうすれば……案の定、淺羽からのメールだった。
「……え」
「……慧太?」
その内容に、思わず鑓水は息を呑んだ。切羽詰まったようなその声に、波折が不思議そうに声をかけてくる。
メールの内容は――テロを、近いうちに実施すると。それに、鑓水も加われと。そして――波折に、そのことを知られてはいけない、と。
「……」
きょとんとした顔で、波折が見上げてくる。鑓水はメールを最後まで読んで、波折に引きつった笑みを向けた。
――波折は俺と一緒にいて幸せだっていうけれど。この幸せは人の死の上に成り立っていくことになる。それでも……この幸せを否定する気に、俺はなれない。おかしいのかもしれない、俺はいつの間にか淺羽のことをとやかく言う資格がないくらいに、狂ってしまっているのかもしれない。逃げればいいじゃん、人殺しなんて俺はしたくない。
でも、波折と一緒にいたいし、波折を幸せにしてあげたいから。やっぱり俺は、人を殺すしか手がないらしい。