告白
「……」


 自分の部屋の扉の前で緊張する日がくるとは思っていなかった。波折はドアチャイムをじっと見つめながら、深呼吸をする。合鍵なんてものは持っていないから、鍵は鑓水にあずけてある。こうしてチャイムを押して中から開けてもらうしか、入る方法はない。

 ゆっくりと、チャイムを押すと、中からバタバタという音がしてすぐに扉が開いた。開いた扉から、鑓水が顔をのぞかせる。


「おかえりー、波折」

「……た、ただいま」


 おかえり、って言葉にどきり。波折はおずおずと中に入って、扉を閉める。買ってきた肉まんの袋を鑓水に渡すと、嬉しそうに彼は笑った。鑓水はすぐに背を向けて奥までいってしまって、波折は「あれ?」なんて思う。何もしないんだ、と。そして、なんで自分はがっかりしているのだろう、と。


「あ、あんまんありがと」

「ううん」


 部屋まで入っていって、波折はブレザーだけを脱いで鑓水の隣に腰をおろした。買ってきたあんまんは若干ぬるくなっていたが、まあ、美味しいと感じた。鑓水はぼんやりとしながらあんまんをしばらく食べていたが、やがて意を決したように呟く。


「……俺もうちょっと、大人になりたいな」

「……大人?」

「家にいるのが怖くて逃げてるとかさ、ガキっぽいじゃん。正面から、向き合えないんだ、あの家族に」


 鑓水はあっさりとあんまんを完食してしまう。早いな、と波折は思ったが気付けば自分も3分の2は食べていた。無心で食べていたせいで、気付かなかった。鑓水の口からでてくる言葉一つ一つに緊張して、あんまんには全く意識が向いていなかったようだ。


「だからさ、強くなりたい」

「どういうこと?」

「えー……あんまり突っ込んで聞くなよ、青臭くて恥ずかしいから」


 波折がもそもそとあんまんを食べていくのを鑓水はじっと見ている。居心地の悪さを感じながらも、波折は全て食べきった。なんでそんなに見つめてくるんだ、と波折がちらちらと横目で彼を伺えば、鑓水が軽く、手を重ねてきた。


「……おまえと一緒に、強くなりたい」

「えっ……」

「波折のことが好きだ。俺、波折のことが好き」

「……ッ」


 あ、と頭の中が真っ白になった。かっと全身が熱くなってきて、眩暈がする。咄嗟に身を引いて逃げようとしたけれど、鑓水に手を強く掴まれたからそれは叶わない。じっと至近距離で見つめられて、心臓がバクバクと高なっていく。


「だ、だめだって……慧太、俺のことは好きになるなって、言っただろ……」

「……それ、前から思ってたけどどういうこと」

「だから……俺のことを好きになると、あとで哀しむことになる、苦しいことがきっとたくさん起こる……俺はきっと、慧太のことを裏切る……だから、」

「……詳しくは、言えない」

「……うん」

「……あっそ、でも俺そんなことどうでもいい」

「な、」


 鑓水が波折を押し倒し、まっすぐに見下ろした。波折が目を逸そうとすれば、軽く頭を掴まれて、それを阻まれる。無理矢理に目を合わせられて、波折は涙目になっていた。


「いくらでも、俺を悲しませればいい、苦しませればいい。俺は何があっても、おまえのことを好きでい続ける」

「なっ……なんで、なんで俺のことなんかそんなに、……」

「しらねえよ、俺はおまえが好きなんだよ! いい加減俺の気持ちをちゃんと受け取ってくれよ、付き合ってくれなんて言わない、だから俺が波折を好きだってこと、わかってくれ」

「け、慧太……だめ、……だめ、だから……」

「……波折、」

「――んっ……!」


 波折は必死に鑓水の言葉を否定する。鑓水はそれを許さないとでも言うように……波折の口を唇で塞いだ。

 ……頭がびりびりする。何も考えられなくなるくらいに、気持ちいい。自分がおかしくなってしまうのが怖くて、波折は鑓水を押しのけるように彼の胸をぐいぐいと押していたが、腕に力が入らずそれは全く功を奏さない。


「けいた……だめ……」

「好きだ……波折」

「あっ……」


 息継ぎのたびに波折は鑓水を拒絶する言葉を吐いたが、彼は構わずキスを繰り返してくる。抵抗するための手も掴まれ、床に縫い付けるようにして手首を押さえつけられてしまう。完全に抵抗のできない状態となり、波折はただ彼のキスを受け入れることしかできなかった。


「だ、め……」


 心臓がドクドクと高鳴って、息が苦しい。胸が締め付けられるように痛い。キスをされてこんな風になるのなんて初めてで、波折はもう動けなくなってしまって、体から力を抜いていった。波折の抵抗がなくなったことを察した鑓水がようやく唇を離して、波折を見下ろす。


「わかった? 俺の気持ち」

「けいた……もう、しないで……キス、だめ……」

「そう言っているうちは何度でもするぞ」

「ちがう……痛い、痛いから……胸が、痛い……」

「……」


 鑓水ははっと瞠目したかと思えば黙りこみ、切なげに目を細めた。そして、ふ、と微笑む。波折の頬をするりと撫でて、その瞳に浮かぶ涙を指ではらってやった。


「ごめん、余計、やめられない」

「けい、た……んっ……んん……」


 鑓水が波折の後頭部を掴み、自分の方へ引き寄せる。そして、唇を覆うようなキスをして、腰も抱く。まるで鑓水のなかに閉じ込められるような、そんなキスをされて波折はおかしくなってしまいそうだった。心臓が爆発しそうになった。あんまりにも気持ちよくて、身体が勝手にびくびくと反応してしまって、仰け反ってしまう。

 なにこれ、おかしい、俺、おかしい。

 このまま彼にめちゃくちゃにされてしまいたい。いつもと同じような、でも違うようなその想いに波折は自分で混乱してしまう。彼がいい。彼に触られたい。彼に愛されたい。こんなことを考えるなんて絶対におかしいのに……波折は溢れだす想いに抗うことができず、鑓水に身を委ねてゆく。

 唇を離せば、銀の糸がひく。すっかり蕩けた波折の表情に、鑓水は息を呑んだ。


「あっ……や、……」


 鑓水が波折の服の中に手を差し入れる。ゆっくりと波折のカーディガンとシャツはたくし上げられていき、波折の身体は胸まで露出してしまった。ほんの少しだけ冷たい空気に触れて波折の腹はひくひくと動き、乳首がつんと立つ。そんな身体を鑓水の大きくて温かい手のひらがゆっくりとなで上げれば、波折の唇からはため息が零れてしまう。


「あ……あぁっ……けい、た……だめ……」


 鑓水の手が、ピタリと波折の胸にあてられる。心臓がバクバクといっていることがバレるのが何故か恥ずかしくて、波折はゆるゆると首を振った。まるで心臓を包まれているような、そんな心地になって波折の息はさらにあがってゆく。いつものように刺激を与えられているというわけでもないのに、全身から汗が噴き出してきて、顔が熱くてたまらない。


「すっげードキドキしてんな、波折」

「……や……はなして……けいた、……こわい、やだ……」

「離していいの? もう、触らなくていいのかよ、波折」

「……っ、」

「俺は波折の身体全部を可愛がりたい、おまえのこと、どろどろに愛したい」

「や、ぁ……そんなこと、されたら……おかしくなるから、……だめ、ぇ……」

「おかしくなれよ、俺の前で、おかしくなっちまえ、波折……」


 これ以上触らないで。狂ってしまう、胸の奥から沸き上がる何かに、狂わされてしまう。それでも鑓水の熱視線から、逃げられない。彼の視線に身体が燃やされてしまいそうだ。ぞく、ぞく、と色んなものが溢れだす。ぐちゃぐちゃに、めちゃくちゃに、この身体を溺愛して欲しい。触って欲しくないのに、触って欲しい。もう、どうにでもして。


 ……そう、思ったのに。


「……け、いた?」


 波折がぽろぽろと泣きながら拒絶を繰り返していると、鑓水が起き上がって波折から離れていってしまった。本当にやめちゃうの? 波折は思わず鑓水の足を掴む。ぱちくりと目を瞬かせた鑓水に縋り付いて、床に涙がぼたぼたと落ちるほどに泣いて、懇願した。


「……やめ、ないで……けいた……けいた、愛して、おかしくして、……けいた……触って……」

「……、」


 鑓水は波折の言葉を聞くと、パッと波折から目を逸らして頬を微かに染める。そして、波折の手をとってぼそぼそと呟いた。


「……えっと、ちゃんとベッドでセックスしたいなって」

「へっ……」

「ごめん、ほら……床、痛いだろ。波折」


 気まずそうにそう言った鑓水に、波折は一瞬冷静になって自分の発言を顧みる。そうすれば急激に恥ずかしくなって、波折はカッと顔を赤らめた。

 俯いて黙りこんでしまった波折をみて、鑓水はおかしそうに笑う。鑓水がテーブルに置いてあったリモコンに手を伸ばしボタンを押すと、部屋の電気がぱっと消えた。

 視界が真っ暗になったせいか、他の器官が敏感になる。波折の息遣いは暗闇に溶けていって、秘めやかな空気をつくりだしてゆく。鑓水はベッドに腰掛ければ、スプリングがギシリと鳴った。


「……波折、おいで」


 鑓水が波折を優しい声で呼ぶ。そうすると床にぺたりと座っていた波折はそろそろと顔をあげて、ゆっくりと立ち上がり、鑓水の隣にちょこんと座る。


「……もっと近づけよ」

「……うん」


 波折がゆっくり、鑓水に近づく。肩が微かに触れ合うくらいまで近づけば、鑓水が波折の腰を抱いて自分の方へ引き寄せた。波折は、く、と息を呑んで鑓水の肩に頭をあずける。


「……波折」

「……ん」

「好きだよ」

「……」

「俺、波折のこと好き」

「……」

「波折……」


 するり、鑓水の指が波折の髪の毛に絡まる。ぴく、と波折は震えて目を閉じた。心臓がどきどきとしすぎて、波折は今にも窒息してしまいそうだった。鑓水の手が頭を撫でてくると胸がきゅんきゅんとしてしまって、苦しい。軽く掴まれて、顔をあげさせられれば……鑓水と目が合う。愛おしい、そんな彼の気持ちが真っ直ぐに伝わってくるようなその瞳に、心臓を貫かれたと錯覚するくらいにドキリとした。


「……愛しているよ」


 そして、そっと、唇が重ねられる。

 鑓水の舌が咥内にはいってくると、波折はそっと自分のものと絡めさせた。静かに、お互いの熱を溶け合わせてゆけば、頭の中がじわじわと熱くなってゆく。


「んっ……ん……」


 押し倒されると、ベッドがキシ、と軋んだ。シーツと鑓水の間に閉じ込められて、波折は身動きがとれない。鑓水の熱を一身に浴びるような、そんな感覚だった。胸がどきどきとして苦しいのに、逃げることもかなわない。くらくらして、もうわけがわからなくなって、鑓水の舌に好き勝手口の中を犯される。自分も舌で応えたいと思うのに、全身が蕩けてしまって動けない。


「あ……」


 服を、徐々に脱がされてゆく。シャツのボタンをひとつひとつ外されてゆく時は、本当に恥ずかしかった。何度も身体を重ねていて、裸なんていつもみられているのに、ましてや今は部屋は暗いというのに、ものすごく恥ずかしかった。鑓水が全てのボタンを外し終えた時には、波折の顔はすっかりとろとろになっていて、瞳は熱で浮かされたようになっていた。くったりと身体をベッドに預けて、シャツをはだけてはあはあと荒い呼吸をする波折の色香は壮絶で、鑓水も思わず息を飲む。波折の身体を纏う布を全部剥いで、鑓水も服を全て脱いで、お互いが裸になれば「いよいよ」といった感じになって何故かふたりとも緊張してしまっていた。


「あっ……あ、んっ……」


 するりと鑓水が波折の肌を撫でる。それだけで、波折の身体はびくびくと震えた。ただ触れているだけなのに、波折は脚をもじもじとさせて、すぎるくらいに感じてしまっている。口に手をあてて声を漏らさないようにしている姿、そして恥ずかしさのあまり涙をぽろぽろと流している姿はさながら淑女のようで、鑓水の興奮を煽った。


「あぁんっ……!」


 少しずつ、少しずつ身体をほぐしてゆく。波折の感じるところを責め、そして秘部に指を挿れて柔らかくしてやる。今まで散々いやらしい声を鑓水にきかせていたというのに、波折は今更のように声を必死に我慢して、感じすぎていることを隠すようにぎゅっとシーツを握りしめて、まるで別人のような態度に鑓水はくらくらした。可愛すぎて、どろどろに溶かしてあげたいと思った。


「……あっ……は、ぁ……」


 甘く、優しく、身体の隅々まで愛撫してやれば波折はそれだけで何度も達した。もともと感じやすい身体は、変わり始めた二人の間の想いによってさらに感度を増して敏感になっていた。波折の中に生まれた恥じらいが更に快楽を煽って、鑓水が波折の秘部をほぐし終える頃には波折の下腹部はペニスから溢れでた液体でびしょびしょになっていた。


「け……い、た……」

「波折、可愛い」

「あっ……」

「可愛いよ、波折」


 鑓水がゆっくりと波折の中に熱をうずめてゆく。はいってゆく途中、波折がゆるゆると手を伸ばしてきたから、鑓水はその手を掴んでやった。指を絡めて、唇を重ねてやれば波折は安心したように、嬉しそうに甘い声をこぼす。最後まではいると、そこで波折はまたイッてしまった。


「あっ……あ……」

「動くぞ」

「けいた……」


 鑓水が波折をぎゅっと抱きしめる。全身で波折に覆いかぶさって、その状態でゆっくりとピストンを始めた。


「あぁっ……あっ……ふぁ……あ……」


 身体全部が、優しさと暖かさ、そして彼の匂いに包まれる。あんまりにも気持ちよくて、波折はうっとりと目を閉じた。鑓水の背に腕と脚を回して、しがみつく。密着しながら揺さぶられて、じわじわと繋がったところから快楽が広がってゆく。


「あっ……あっ……あっ……あっ……」


 きし、きし、とベッドが鳴る。抱かれている、そんな感じがした。ぐ、ぐ、と最奥を優しく、そして力強く突かれて身体の奥がきゅんきゅんとする。気持ちいい。ほんとうに気持ちいい。


「けーたっ……あっ、けーたっ……」


 何度か体位を変えながら波折はたくさん突かれた。どの体位で突かれるときもぎっちりと身体を抱きしめられて、愛されている感じがたまらなかった。気持ちよすぎて、イキすぎて。快楽の渦に突き落とされたような感覚。ズン、ズン、と奥を突き上げられるたびに身体は歓喜に震え、波折の口からは甘い嬌声が飛び出してしまう。


「はぁっ、う……あっ、あぁっ……」

「っ、波折……締め付け、やばい、」

「いくっ……いっちゃう……あぁっあっあっ……いくー……っ」


 優しく激しく何度も何度も突いていると、波折の肉壁がぎゅううっと収縮をはじめた。すでに何度も達していたが、最大のものがきたらしい。波折は悶えるようにかたかたと震えて鑓水にしがみつく。鑓水は瞳を眇め、軽く腰を引くとーー一気に突き上げた。


「はぁんッ……!」


 ドスドスと奥の奥を突くようにして鑓水は激しく腰を打ち付ける。最後の最後での激しすぎるピストンに、波折は快楽のあまり甲高い声を仕切りに出し始めた。ギシッギシッとベッドスプリングが激しくなって、身体がぶつかり合う音も生々しく響き渡る。


「あっあっあっあっあっ」

「波折っ……好きだ、波折……!」

「けっ……た……あっあっ、け、い……た! あっあっあっ」


 唇を重ね、めちゃくちゃに波折を揺さぶる。波折は鑓水の背に爪を立てながら、意識が飛んでしまわないように必死にキスに応えた。

 じゅくじゅくと熱が身体のうちに蓄積していく。びりっ、びりっ、と電流のような感覚が断続して身体を突き抜ける。びくんっ、波折の身体が一度大きく震えた。


「あっ……!」


 そして。一気に、それは迫り来る。強烈な絶頂が押し寄せてきた。身体が勝手に収縮し、びくびくっと激しく震えだす。


「あっ、ああーっ……! あっ、あぁ! 」

「波折ッ、」

「けいたっ……けいたぁ……!」


 強すぎる締め付けに、鑓水も波折の中に出してしまった。中に出されたことを感じ取った波折は、恍惚とした表情を浮かべてぐったりと横たわる。全身から汗が吹き出ていて、びくんっ、びくんっ、と快楽の余韻が残る波折の身体は酷く淫靡で、だしたあとだというのに鑓水は思わずどきりとした。


「波折……」


 疲れ切った波折の身体を愛でるように、鑓水は再び波折を抱きしめる。くったりとした波折の唇を奪えば、波折はぼんやりとしながらも嬉しそうにキスに応えた。


「愛してる、波折」

「けーた……けーた……」

「愛してる、愛してるよ波折」

「けーた……」


 波折がぽろぽろと涙の雫をこぼしてゆく。非常に、愛らしかった。じわじわと這い上がってくる眠気に敗北するまで、鑓水はひたすらに、どろどろに波折の身体を愛で、愛を囁き続けた。


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