▼ six
一人暮らしの人の家にいく、そのときはドキドキする。部屋に向かうまでの廊下はやけに靴の音が響いて、少しずつそこに近づいていっているんだ、って実感する。
智駿さんが扉を開けて、「どうぞ」と俺を中に入れてくれた。中に入ると、智駿さんの家の匂いがしてきゅんとする。俺は智駿さんに背を向けてにやけ面を隠しながら靴を脱ごうと、前のめりになった。――そのときだ。
「……ひゃ、」
ぎゅっと後ろから智駿さんが俺を抱きしめてきた。突然のことに俺は驚いて、荷物を落としてしまう。
「……ち、はやさ……ッ」
ぐ、と顔を掴まれて振り向かされる。そして、唇を奪われた。さっきの車の中のキスとは違う、長いキス。
「んっ……ん、」
玄関先のキス。ちょっと強引なそれに、ぞくぞくしてしまう。
このまま、ちょっとエッチな展開になったりしないかな。身体、触られちゃったりとか……。
「……ッ、はあ、……」
妄想に妄想を重ねていると、キスは終わってしまった。舌くらいは挿れられたかった……なんて思ってしまって、俺は自分の性欲にほとほと呆れ返る。
「梓乃くん……はいって」
そっと声をかけてきた智駿さんの顔をみて、どきりとした。熱っぽい、目をしていた。あっさりとキスをやめたわりには、じりじりと熱を汲んだ瞳をしている。
……したい、のかな。智駿さんはどうなんだろう。意味深な発言をしたり、こうして熱を帯びた目をしていたり……でも、なかなか俺に手を出してくれない。俺はもう、智駿さんになにをされてもいいけれど……智駿さんは、俺とそういったことをしたいのかな。
そうしたことを考えていると、部屋に入るのにも緊張する。もしかしたら、ふとした瞬間にそういったムードになるかもしれない。……まあ、杞憂かもしれないけれど。
「そうだ、この前一緒に飲もうと思ったやつ」
俺が部屋にあがっていくと、智駿さんは冷蔵庫からボトルを一本取り出してきた。俺の誕生日のときに用意してもらっていたやつだ。
それをみて、あ、と俺はこっそり苦笑い。俺の誕生日の日、友達に開いてもらったパーティでお酒を飲んだ。そのとき、俺は知ったのだ。俺は酒に酔いやすい。そして、酔うと人にくっついてしまう。
付き合いたてでそんな、酔っ払った姿を見せたくない。でも、せっかく智駿さんが用意してくれたお酒を飲まないわけにもいかないし。べつにそこまで酷い酔い方でもないし、いいかな、と俺は大人しく席に着く。
智駿さんは俺の前にグラスを二つ並べて、ボトルのコルクを外し始めた。お酒は、シャンパンのようだ。誕生日のときに飲んだのは酎ハイとか、あとはノリでウイスキーとか、そういったものだったからシャンパンなんてお洒落(?)お酒は初めてだ。
コルクを外したときのポン、という音がなんとも気持ちいい。智駿さんがボトルを傾けてグラスにシャンパンを注ぐ。しゅわしゅわと泡の弾ける音が耳をくすぐって、俺は「おー」なんてまぬけな声をあげた。
「じゃ、さっそく飲む?」
「はい」
ちょっとしたおつまみなんかも用意してもらって、俺たちは乾杯した。泡がきらきらと光るシャンパンの注がれたワイングラスを持つ智駿さんが、かっこいい。チン、とグラスのぶつかる音がすると、智駿さんがふっと微笑んだ。きゅんっ、としてしまって俺は笑ってそのときめきをごまかした。
――初めて飲んだシャンパンは、大人の味がした。俺はまだワインとかの美味しさとかわからないから、このシャンパンを特別美味しいとは正直思わなかった。仄かな渋みとしゅわっとした感触が口いっぱいに広がって、うわーってなって、たぶん変な顔をした。
「飲める?」
「飲めます!」
「あはは、よかった」
智駿さんは、すっ、とグラスを傾ける。その仕草も、大人っぽくてかっこよかった。ワインの類を美味しく飲めるのはかっこいいな〜、なんて思う。
今週は何があったの、とかそんな話をしながらちびちびとシャンパンを飲んでいく。そこまでアルコールがキツイとは思わなかったけれど、時間が経つにつれて顔が熱くなってきた。次第に頭がぼーとしはじめてくる。
「……あれ、梓乃くん、お酒弱かった?」
「え? 強くはないです」
「顔真っ赤だね。お茶でも飲む?」
早々に俺の変化に気付いた智駿さんが声をかけてくる。こんなシャンパン一杯で顔を真っ赤にしてしまうのが恥ずかしくてごまかそうとしたけれど、普通に酔っていたらしい。智駿さんはお茶をとってこようと席を立とうとする……が。
「?」
なぜか、俺は智駿さんの手を掴んで引き止めてしまった。お茶は、飲みたい。けれど、今は智駿さんに離れて欲しくない。
「智駿さん……」
俺はふわふわとする頭で智駿さんの腕にしがみつき、ぴたりとすり寄ってしまった。
「……っ、梓乃くん」
かすかに震えた、智駿さんの声が聞こえる。ちょっと迷惑だっかな、って離れたほうがいいかもと脳裏によぎった。けれど、智駿さんの体温が気持ちよくて、思わず智駿さんに体重をかけてしまう。
「梓乃くん?」
「んー……はい、」
「酔うとこうなるの?」
「たぶん……」
「そっか」
智駿さんが俺を軽く抱き寄せる。体勢が楽になって、気持ちいいって思った。智駿さんの背中に腕を回して胸元に頬を寄せると、はあ、とため息が聞こえてくる。
「不安だなあ」
「ふあん?」
「……こんなふうにさ、甘えられたら魔がさすこともあるでしょ。僕以外の人がそんな風になったら、って思うと不安」
「まがさす?」
「……だからね、」
智駿さんの指が俺の頭を撫ぜる。なに? と顔をあげてみれば、じっと目を覗き込まれた。
「……襲われるかもよ」
とくん、と胸が跳ねる。また、この目だ。瞳の奥でゆらゆらと炎を揺らして、それなのに冷たい硝子でその熱を隠している。どくん、と鼓動が高鳴って、がらがらと理性が壊れてゆく音を、聞いた。
「……襲わないんですか?」
「え……?」
「智駿さんは、俺のこと襲ってくれないんですか?」
は、と智駿さんが目を見開いた。何か俺は変なことを言ったのかな、と疑問に思ったけれど、この酒に酔った頭では、なにもわからない。
「……僕が、抑えているのわかっていて言っているのかな」
「……? っ、ん」
どこか焦ったような表情の智駿さんの表情が視界に入った瞬間に、噛み付くようなキスをされた。ああ、くる、となんとなくわかっていた。智駿さんの表情はそれくらいに切羽詰まっていた。
「んっ……んー……」
深いキスだった。触れたところから溶けてしまうくらいにそのキスは熱くて、くらくらとしてくる。でも、言葉で言い表せられないくらいに気持ちいい。じーん、と内側から染み出してくるように体中がぽかぽかとしてくる。頭のなかなんて、酒での酔いとは比べものにならないくらいなふわふわとして幸せいっぱいだ。
「あ……ん、ぅ」
舌をいれられて、ずく、と下腹部が熱くなった。今、俺は……彼に、激しく求められているんだな、そう思ってドキドキしてしまった。そして、興奮した。
……智駿さん、もっと。
「んっ!」
くちゅ、くちゅ、といやらしい音に脳内が侵食されていた。だから、直前まで気づかなかった。智駿さんの手が、俺の服の中に入ってきていたことに。する、と智駿さんの手が俺のシャツに入り込んで、肌を撫ぜる。そして、胸元をくるくると撫でられた。
「んっ……んん……」
きゅ、と乳首を摘まれた。むに、とした感触をわずかに感じてそれに気付く。ああ、えっちなことをされている。そう思うとやっぱり興奮した。
でも、乳首をいじられたこと自体に感じているのかというと、違うと思う。くにくにとそこをいじられるとなんとも言えないいやらしさで頭の中は興奮するけれど、刺激を感じているわけではない。
「んっ……ふ、」
喘ぎ声とかだしてみれば、気分が盛り上がって感じたりするかな。唇は塞がれているから、そんなに声は出ない。でも恥じらいを捨てきれずにいながらも、少しだけ出してみる。
「んんっ……!」
上擦ったような、鼻にかかったような声が出た。うわ、これ、自分から出た声なんだとびっくりする。男がこんな声だしてキモくないかな……と、ひやっとしたけれど智駿さんはキスをやめない。ひかれるどころか手の動きはいやらしくなっていく。
「ひっ……!?」
ふいに、びり、と電流のようなものがはしった。智駿さんにいじられている乳首がずくんと妙な感覚に襲われる。そして、その感覚と共に身体の奥の方が熱くなって、腰が跳ねてしまった。
……え。なに、これ。
「んっ……はぁっ……」
智駿さんが、急に調子の変わった俺を不審に思ったのか唇を放す。そして俺の顔をまじまじと見つめながら、また乳首をひっぱった。
「あっ……! んぁッ……」
――な、なんだこの声!
自分の口からでたあられもない声にびっくりして、俺は慌てて自らの口を手で塞いだ。だって今の声。本当に女の子が喘いでいるみたいな声。もちろん演技なんてしていない。
「んっ……あっ、ぁ、ん……」
必死に、ぶるぶると震える手で口をおさえた。でも、初めてのこの感覚に耐えられなくて、声が次々とこぼれていってしまう。乳首に刺激を与えられるたびに身体の奥のほうがきゅうんっ、として、おかしくなりそうになるのだ。
これ、もしかして感じてる? 乳首で感じるってこういう感じなの?
おもちゃをお尻にいれながら智駿さんと電話したときのような、あの感覚。お尻の穴がひくひく勝手に疼いて、内臓がきゅんきゅんと痙攣している感じ。
「んっ……んんっ……だめっ、ちはやさんっ……」
ヤバい、気持ちいい。
待って、待って待って……。このままいじられ続けていたら、イっちゃうかもしれない。乳首をいじられただけで。冷静に考えてそれってどうなの。男なのに乳首でイったらひかれたり、しない?
「あーっ……あーっ……だめっ、だめっ……」
智駿さんはただ俺を見つめて、俺の乳首を刺激し続けた。イっちゃうから、って必死に首を振ってやめてと伝えているのに、智駿さんにやめる様子はない。
もう、だめ……。
快楽のあまり視界が潤んできて、それを見られるのを隠すように下を向く。そうすれば、いじられ真っ最中の俺の乳首が視界にはいってくる。……びっくりした。いつもよりもぷっくりつやつやとしていて、ピンク色になっていて。見るからにエロい乳首になっていた。
こんな……こんな、いやらしい俺の身体。智駿さんとの初エッチに備えて開発とかしていたけれど、やっぱり男がこんないやらしい身体をしていたら気持ち悪いに決まっている。女の子みたいに乳首ふくらませてよがっているなんて……変態だ、俺、ただの変態……。
「だめっ……! ちはやさん、だめっ……イクっ……だめ……」
もうだめだ。このまま乳首でイったら智駿さんにひかれるかもって思うの、に気持ち良すぎて、もうだめ。
イク。
イク、イク……
「あっ……」
視界が白く染まっていって、ああ、本当にイっちゃう、そう思ったとき、俺の身体は解放された。快楽で火照った身体は一人でちゃんと姿勢を保っていられなくて、ぱたんと智駿さんに倒れこんでしまう。
「……可愛いね、梓乃くん」
「ちはや……さん……」
いじられていた乳首が空気に触れて、敏感になっている。あともう少しで、乳首だけでイきそうになっていた。寸止めをされて残念という気持ちは正直あるけれど、あのままイったら智駿さんにどんな目でみられるかわからない。
「梓乃くんの身体、感じやすいね」
「っ……ち、ちがっ……違います……俺っ、男の人に触られるの初めてだから、」
「こんなに感じやすい梓乃くんが恋人で嬉しいなぁ」
「え?」
智駿さんが俺の背をいやらしく撫でる。ぞくぞくっとしてしまって、俺は思わずのけぞって変な声をあげてしまう。
「梓乃くんは男の子だし、年下だし、ちょっとセーブしようと思ってたんだけど……これは難しいかも。いつ、僕の理性がきれるか、わからない」
「り、せい……」
「……本当は梓乃くんのこともっといじめてみたいんだけど……さすがに、いきなりはね」
……それは、どういうことだろう。もしかして、智駿さんってサディスト?隠してるだけで実はサディストなの?
「ちはやさん……」
……いじめてほしい。
かあっと身体が熱くなって、理性の奥に突っ込んだ願望がひょっこりと顔をだして。でもこんな願望は口にできなかったから、俺は智駿さんの胸に顔を寄せて、いつかしてくださいと頭の中で思った。
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