甘い恋をカラメリゼ | ナノ
 huit



 自分が普通じゃない、というのはわかりきっていたことだ。

 家族はいないし、引き取られた先ではレイプされまくっていたし、高校は中退するし、ウリ専していたし。でもまあそんな人生も珍しくないよな、と思って過ごしていたが、白柳さんのことが好きになってからは自分の異常さをよくわかるようになってきた。

 好きなのに、真っ直ぐに好きになれないのだ。色んな思いや記憶が邪魔をして、白柳さんを好きでいられない。俺のこの性分はきっとどうしようもないものだが、……きっと、俺について行けなくなるだろう。

 
「ん……」


 だから、目を覚ました時に白柳さんが隣にいたことにびっくりした。白柳さんは俺の頭の下に腕を敷いて、ぐーぐーと眠っていたのだ。


「……」


 ……白柳さんが何を考えているのか、わからない。

 嫌われたわけではないのだろうか。それとも、ただ憐れまれているだけ、だろうか。

 怖くて、白柳さんに目を覚まさないで欲しいなんてことを考える。音をたてないように彼の胸元に顔を寄せて、すう、と息を吸った。おなかのなかだけじゃなくて、肺のなかまで、彼でいっぱいにしておきたかった。


「あ、……」


 ごそ、と音がする。俺が身じろいだせいで――白柳さんが、目を覚ましたらしい。


「あっ……、お、おはよう……ございます……白柳さん……」


 白柳さんが苛立ち気にじろりと俺を見つめる。寝起きの白柳さんが機嫌が悪いのはいつものことなので、こうして睨まれてもどうということはないはずなのだが……今日は、いやにこの目つきを怖く感じる。
 
 俺と一緒にベッドになんていたくないよな、なんて考えて、「日も落ちてきましたね」と帰宅を促してみる。気を遣ったというよりは、彼のほうから「帰りたい」と言われると傷つくから先制をとっただけなのだが。


「白柳さん、明日は仕事ですよね。暗くなる前に帰ったほうが」

「……暗くなるって……まだ四時じゃねえか」

「家につくころには夜になりますよ」

「……それは、……そうだな」


 彼に俺を突き放す言葉を言う隙をつくらせないように、彼をベッドから引っ張り出した。彼は怠そうに起き上がって、のろのろと床に散らばった服を身につける。

 俺は、着替えている彼に背を向けて、気にしていない風を装うためにスマホを弄る。けれど、適当にSNSを開いてはみたが、流すように画面をスクロールするだけで文字は何一つ頭に入ってこない。

 俺、何がしたいんだろう。白柳さんにどうして欲しいんだろう。やっぱり俺って、おかしいんだな。白柳さんも迷惑しているだろうな。

 考えれば考えるほど憂鬱になってきて、画面のスクロールすらもできなくなってくる。


「……なあ、セラ」


 どす、と音がして、ベッドが揺れた。振り向けば、下だけ履いた白柳さんがベッドの端に座っている。


「期待外れだったかな」

「――え、……な、……何、……」

「いや、俺、セラにとって期待外れの男だったかなって」

「……?」


 一瞬、俺が「期待外れ」と言われているのかと思ってギクリとした。そうではないとわかってホッとしたが、彼が何を言いたいのかがいまいちわからない。

 白柳さんはハアとため息をついて、俺を見る。少し、新鮮な表情に思えた。この人は、なんだかんだおおらかで、他人のぐちゃぐちゃしたものをまとめて呑み込んでくれそうな、そんな人だと思っていたから、こうして彼自身の憂鬱そうな顔は珍しく思ったのだ。


「俺は、おまえのことを少しはわかっているつもりだったんだよ。不器用ながらも空を飛んで、どこかへ飛んでく鳥のようなやつだと思っていた。だから、おまえが飛ぶことを邪魔しないように……俺は、止まり木でいようとしていたんだ」

「止まり木……」


 そう言われてみれば、彼は「止まり木」のような人だ。

 積極的に他人に関わろうとしないけれど、頼られれば頼られてくれる。俺も、そんな彼の距離感に居心地の良さを感じていた。俺がこんな人間だから、適度な距離をとってくれて、それでいて俺のことを受け入れてくれる……そんな彼のことが好きだった。

 
「でもなあ……気付いたら俺、おまえのこと、撃ち落とそうとしていたわ。一丁前に嫉妬したりしてさ、ダセェのなんの。悪かったな、幻滅しただろ」

「……」


 ……言葉が、でてこなかった。

 白柳さんは、俺のことを嫌いにはなっていたかったらしい。しかし、それがわかってもなお、俺は恐怖が収まらなかった。

 俺が白柳さんに求めていた感情を、白柳さんが持っていることに恐怖を抱いていたのだ。


「……ちょっと、頭冷やしたほうがいいかもな、俺」

「――……」


 ここで、「そんなことない」と言えたらよかったのかもしれない。

 でも俺は、言えない。

 白柳さんの言葉が、矢のようにぐさりと俺の胸を穿っていた。


「……もし、おまえがまだ俺に幻滅していなかったら、また前みたいに俺の家に来てくれや。少しは俺も冷静になっていると思うよ」

「……、」


 ギ、とベッドが軋む。彼がまだ来ていなかったシャツを羽織って、立ち上がる。

 「またな」と言って彼は部屋を出て行ってしまう。そんな彼に俺が抱いたのは――切なさと、そして、安堵。好きな人に突き放されたことにショックを受けながらもホッとしている俺は……やっぱり、どうにかしている。

 泣くなんて、そんな女々しいことはしない。いや、できない。純粋に哀しいという気持ちすら、俺は抱くことができないかった。


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