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―――

――……



「最近、おまえ機嫌がいいじゃないか」

「んー、夢心地ってやつかな」



 フェンスに寄りかかって夜空を見上げるノワール。夜風に吹かれて黒髪が揺れ、シャツの上に羽織ったカーディガンがはたはたと靡いている。灯りのないこんな場所でも、その肌の白さがよくわかる。



「安心して。この夢も、もうすぐ覚めるから。そうすればまた、いつもどおりの俺に戻るからさ、君を振り回すこともないと思うよ」

「……は、どうだか」



 ノワールの言葉を信じないとでも言うように笑ってやった。ノワールはそんな白い獣をみて、軽く吹き出した。クスクスと笑われて白い獣は怒り出す。



「――貴様、何を笑っている!」

「……いや、グリフォン……もしかして嫉妬してるのかなーって」

「嫉妬などしてないわ馬鹿者!」



 カッと全身の毛を逆立たせてグリフォンは怒鳴った。

 白い獣――グリフォンはノワールの契約獣である。ノワールが幼い頃から契約していたため、もうその付き合いは百年を超えている。ノワールとグリフォンの契約は特殊なもので、ノワールの思っていることはすべてグリフォンに伝わってしまう。そのため、グリフォンはノワールの全てを知っているといっても過言ではなかった。

 そんな主の様子がいつもと違う、グリフォンが気になっても仕方のないことであった。新しいドレイのラズワードという青年と関わるようになってからノワールの様子はおかしい。



「――単純に、私はあのラズワードという青年を好かないんだ」

「……それ嫉妬じゃないの。グリフォン可愛いなあ」

「だ、だから違うと言っているだろう! 真面目に聞け! おまえだって、少し考えればわかるだろう。あの青年は異常だ、これ以上一緒にいれば、おまえは……!」



 グリフォンの言葉を聞いて、ノワールは目を細める。全てを見透かしたようなその黒い瞳でグリフォンを見下ろし、ため息をついた。



「……グリフォン、君の嫌いな部分言ってあげようか。――俺のことを、愛してくれているところ。ううん、嬉しいよ、俺もグリフォンのことは好きさ、君がいなければ俺は生きていけないくらい」

「『でもそれゆえに、俺に生きて欲しいと思われることが心底鬱陶しい』……おまえの気持ちはもちろん知っている。でもそれが普通なんだぞ。愛するものの幸せを望むこと、生きて欲しいと思うこと。それが普通なんだ」



 グリフォンの言葉を聞いてノワールはクッと吐き出すように笑った。まるで何かを蔑むような、そんな表情をして。わかってはいるが。彼が蔑む人なんてこの世で一人。自分自身だけ。



「――だから、ラズワードがおかしいって言いたいんだね。俺のことを愛していながら、心の底から俺の死を望んでいる彼を」

「彼は気付いていないようだがな。自分がおまえのことを愛しているってこと自体。でも、それを差し引いてもあの青年は……」

「いいんだよ。俺自体が異常者なんだ。調度いい、そう思わないか?」



 グリフォンはノワールのこの表情はあまり好きではない。この表情をするときは決まって彼は心の中で自分の存在を罵倒しているからだ。



「異常者は普通の人とは一緒にいてはいけない。その人を傷つけてしまう。……彼だけだよ。俺の死を望んでくれる人。俺が、一緒にいたいってそう思う人」

「……おまえがそこまでアレを好きだっていうなら、どうして「覚める」って言うんだ。それを「夢」だなんて言う。私は気が進まないが……おまえがそれを幸せだって言うなら、アレをものにしてしまえばいいじゃないか」

「それはだめだよ。わかっていると思うけど、俺のラズワードに対する「好き」は性的な意味じゃないからね。彼が俺に抱いてくれている「好き」と食い違っている。それで俺の都合で恋人になってくださいなんて彼に失礼すぎると思わない?」

「……久々におまえから一般的すぎる解答を聞いて動揺しそうになったが……。それなら、今おまえがアイツ相手にやっている恋人ごっこはなんなんだ。「ごっこ」とはいっても見る限りアレは本気でおまえに惚れている」



 グリフォンの問を聞いてノワールがバツの悪そうに苦笑いする。くるりと背を向けて、フェンスの上で頬杖をついた。



「……それは、俺が弱かったから。あんなふうに俺の欲しくて欲しくて堪らないものを見せつけられてつい俺は食いついてしまったんだ。……もうね、俺はどうしようもなく最低な人間だよ。まだ修正が効くなんて思ってさ、……まだ彼が俺への想いを自覚していないって気付いたから、上手くやれば俺との関係も全部無かったことにできるなんて思って」

「……」

「……聞いただろ? 明後日でラズワードの調教は終わりだよ。まだ俺への想いに気付いていない内にこのごっこ遊びは終わり。これ以上想いが膨らむこともないだろう。そのままレッドフォード家にいってそこの主と幸せになってくれれば、なんてさ。……そう、俺が傷つけた分、彼には幸せになってほしい。ただ、俺は自分の罪に苦しむのが怖いだけ。全部、俺の勝手」



 ノワールの心は揺れる。全て心の声が聞こえてくる。



「なんでかな、なんで俺のことなんて愛するんだろう。こんな人間愛したところで不幸になるだけなのに。俺なんて、誰も知らない間に消えてしまったなら……俺もみんなも、幸せになれると思うのに」

(いいや、おまえが死んだら……少なくとも私は悲しい。なんて、そう言ったらまたおまえは「鬱陶しい」なんて怒るんだろうな)



 どうか、これが夢であってほしい。俺は君を幸せにできないんだ。

 でも幸せだった。今まで生きてきて、この夢はこれ以上にないくらいに幸せだった。「死」への希望を少しだけ見ることができた気がした。

 もしも。もしもこれが夢じゃないというのなら。君が俺への愛に気付き、そして俺を愛してくれるというのなら。

 どんな償いがあっても君の未来を奪った俺の罪は消えないだろう。君のことを君が望むように愛する自信はない。だからせめて……全てが終わった時に、俺の一生をもらってくれないか。





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