シャワー室は大きな部屋の中に個室がいくつかあって、そのなかに調教師と奴隷が入るようになっている。扉で仕切れるようになっていて、中に入ってしまえば誰にも見られることはない。
「あの……仮面もローブも……外しちゃって大丈夫なんですか」
「俺の素顔を知っているのはごく限られた人間だけだ。外してしまえば俺が俺だってことはわからない」
二人が入った時には個室が5つほど使用中であった。安っぽい奴隷用のローブを羽織りながら、ラズワードはノワールの後ろを着いてゆく。ノワールは真っ直ぐに進んで、一番奥の個室へ入っていった。扉をしめ、狭い空間で二人っきりになったと意識した途端、心臓がバクバクと高鳴り始める。
「脱いで」
ノワールが静かに言う。優しい声色で命令されるようにそんなことを言われて、ラズワードはかあっと顔を赤らめた。女にでもなった気分だった。ノワールに見られながら脱ぐことが妙に恥ずかしくて、ラズワードは彼に背を向ける。わざともたもたとローブを脱いで、ゆっくりとそれをカゴの中にいれた。
なんでこんなに女々しくなってしまっているんだろう。この人を助けたい一心でこういうことをしているのに、ノワールに触れられるとただただ馬鹿みたいにどきどきして、まともに何も話せない。ついさっきノワールを押し倒して怒鳴りつけて。そんなことをやってのけたばかりだというのに、一回抱かれてそれからもう彼の一挙一動に目を奪われるばかり。
こんなんじゃあいけない。もっとこの人が寄りかかってもいいくらいにしっかりしなければ。
「――っ!?」
ラズワードが心の中で決意したところで、お湯がかけられた。ラズワードはびっくりして振り返る。
「い、いきなり……」
「はやく終わらせよう」
ノワールがふ、と微笑んだ。その表情に、くらりと目眩を覚える。
やばい、また、抱いて欲しい。
「あ、あの……これ、終わったら……」
「うん、はやく寝ようね」
「えっ」
てっきりこの後、と思っていたラズワードはノワールの言葉に驚いて振り向く。だって、それならわざわざシャワー室についてくる意味がない。そう思ったのだ。
「の、ノワール様……なんで今日はここに着いてきたんですか」
「んー、別に。ちょっとラズワードと二人で話したかったから」
「ふ、二人で……、ひっ」
ノワールの言葉にドキッとしたのも束の間、背中にシャワーを当てられてラズワードは声をあげる。全身を十分に濡らしたところでノワールは一旦シャワーをとめた。
「ラズワード。たぶん、君はもうすぐこの施設を出られるようになると思う」
「……え」
「さっきのを見ていて思ったんだ。ラズワードは剣奴としてはもうかなり高いレベルに達している。応用の魔術だってたぶんすぐにできるようになるよ。問題は性奴として使えるか、その点だけだったんだ。でも、もうラズワードはその点もクリアできそうだよね」
「そ、それは……」
ひた、と肌を撫でられビクリと体が揺らぐ。ボディーソープをつけ、ノワールは手際よく「洗浄」をしてゆく。
性奴として合格できそうなのは、ノワールに抱かれたことがきっかけだなんて言うこともできず、ラズワードは口をつぐんで、全身にゆるゆるとはしるもどかしい刺激に耐えた。
「ここをでたら、ラズワードの売られる先は決まっている。レッドフォード家の次男、ハルという男の下だ」
「れ、レッドフォードって……いや、それより……ここをでたら……」
「いいかい、ラズワード。君はハルに尽くすんだ。俺の教えた全てをもって、君はハルにとっての最高の奴隷になってほしい」
「の、ノワール様……! 俺は……俺は貴方のためだけに生きていくって決めたんです……! 今更、違う人のことなんて……」
再びお湯を流し、泡を流してゆく。ランドにつけられた汚れも全部、綺麗に流れ落ちてゆく。
「……一応、俺は自分のいる立場も大切にしたいんだ。ここまでくだらないって思いながらもずっと守ってきたものだから。レッドフォード家っていうのは、この施設の一番の上客なんだよ。俺がつくった奴隷が悪い評価を得たら大変なことになる」
「……でも、そうしたら……俺はノワール様を……」
「……いや。いいんだ、これで」
ノワールが微かに笑った。
「そもそもここの施設にいたって君が俺を殺す機会なんてないだろう。まともな武器ももっていない上に行動が制限されているんだ。俺は死にたいっていっても、ただ殺されるつもりもないしね。今まで生きてきた自分を無駄にはしたくない。精一杯の抵抗はさせてもらう。君は、その俺の抵抗を上回る力で俺を殺すんだ。たぶん、それができるほどの力をもつのは、この世界で君一人だけだよ」
「……本当に、死にたいって思ってますか? ただ、俺が強くいうから仕方なく、なんてことは……」
「ううん。ただ、無駄に生きてきた年月が長すぎた。それゆえに、自分の願望に逆らい続けた「生きる」という決意も強くなってしまった。それだけなんだ。本当は消えたくて仕方ないのに、自分でその命を絶つことを、どうしても俺自身が許してくれない。殺されることを願っていたのに、俺のもつ力が強大すぎて誰もそうしてくれない。……ずっと、待っていたんだ。ラズワードみたいな、強くて……俺の死を望んでくれる人」
「……本当にいいんですか。俺で……。俺にずっと守ってきた決意を壊されて。俺に殺されて、貴方は後悔しませんか」
「どうしたの。あんなに俺のこと殺す気満々だったのに。言ったでしょ、俺の願いを叶えることができるのは、ラズワードだけ。君がいいっていうなら、俺は本当に君に殺されることを望むよ」
「俺がいいって……だから、言ったじゃないですか。俺は、貴方のためだけに生きていくって。俺の意思なんてどうでもいいんですよ、いや、貴方が幸せになること、それが俺の意思です」
「……ああ、そうだ。レッドフォード家に俺が君を売りたいって思う理由がもう一つ」
くい、と肩をひかれ、振り向かされた。正面からみたノワールは優しく微笑んでいた。
その笑顔に、なぜか胸が締め付けられる。何かを言おうと口を開いたその時、静かに口付けられた。あまりにも優しいキスに、勝手に、涙がこぼれてきた。
「――ラズワードに、君のための幸せを見つけて欲しい」
どういうことだろう、一瞬そう思ったが、その意味を理解してラズワードは目を見開く。また怒鳴りたくなったが、抱き寄せられてそれはできなかった。
「……俺はね、君が思っているよりもずっと、君自身のことを愛しいと思っているよ」
「俺自身……?」
「だから、ラズワードが俺のことだけを見て自分自身の幸せを捨ててしまうのは、少し嫌なんだ。違う世界をみて。そして、違う幸せを知ってほしい」
「で、でも」
「もしも……そこで見つけた幸せが君にとって一番になったのなら、俺のことは忘れて。こんな俺のために君が幸せになれないなんて、俺が辛いから」
「……ノワール、様」
ラズワードはそっとノワールの背に手をまわす。ノワールは自分の服が濡れるのも構わず、強く抱きしめてくれた。
「……だから、ラズワード。おまえはハルに尽くすんだ。そこに行ったら、君にとっての一番は彼なんだ。それが、俺のためだから」
「……絶対、貴方のことを忘れるなんてことないです。俺の全ては……」
「……うん。……待ってるね」
くすくすと笑いながらそう言ったノワールには、なにか未来が見えているのだろうか。ラズワードはそんなことを思って、何も言えなかった。心の中で、「信じて」、そう思ってノワールのシャツを掴む。
「……少し、夢を見せてほしいんだ」
「……?」
「ここにいる間。そのときだけは、俺のことだけを愛して欲しい」
「だから……ここにいる間、とか……ん」
唇を塞がれる。唇を割ってきた舌に、ラズワードは躊躇わず自分のものを絡めた。口の中で熱を交わすそれも、抱きしめたその体も、全てが愛しくて、悲しくて、苦しい。涙がこぼれてもそれを拭うことすら時間が勿体無いように思えて、手はその背にまわしたままだった。
「――っ」
突然、体がビクンと跳ねる。先ほどランドに散々弄られたところに触れられて、強烈すぎる刺激にラズワードは小さく悲鳴をあげてしまった。
「……しないけど……これは、出さないとだよね」
「あっ、……」
「……壁に手、ついて。出しやすいようにここ、突き出して」
ランドに流し込まれた精液で入口がヌルヌルとしている。指でそこを撫でられて、ラズワードは体をふらつかせた。
ノワールに言われた体勢は考えただけでも恥ずかしくて、ラズワードは顔を紅くした。でも、この人にならば何をされてもいい、そんな想いでラズワードは黙ってそれに従った。ゆっくり後ろを向いて、壁に手のひらを添える。そして、恐る恐る臀部を突き出した。恥ずかしさのあまり、それは控えめにするだけであったが。
「……これで、大丈夫、ですか……」
「そう……指、いれるよ」
「……あッ……!」
つぷ、と音をたてて細い指がソコに入っていく。穴を広げるようにゆっくりと指は中で動いている。くちゅくちゅといやらしい音が耳に届いて、カッと顔に血が昇る。
「はぁッ、あ、ぁん……」
「……少し、声抑えて。まわりにまだ人がいるかもしれない」
「で、でも……あ、あぁっ」
ある程度ほぐれてくると、指が中を引っ掻くように抜き差しを始めた。精液を掻き出しているだけなのだが、指が調度イイところに何度もあたってラズワードの腰はビクビクと淫らに揺れ始める。
「あッ、んんっ、だめ、あぁ!」
何度も何度も、弱いところを指の腹で引っ掻かれる。もうそこに精液はないのに、そう思ってノワールがわざとやっているとラズワードは気付いた。「しない」ってそう言ったくせに。そう思ったが、もっとやって欲しい、もっとこの人に触られたい、その想いが勝ってしまった。ラズワードは目を閉じ、その快楽に静かに溺れていった。
「あ、あ、あ、」
「ラズワード……声……」
「……ノワール、さまが……んぁッ」
「……仕方ないなぁ」
ふ、とノワールが耳元で笑った。そして再びシャワーを流し始めた。シャワーホルダーで固定されたシャワーの水流は、容赦なく二人に降りかかる。服を着たままのノワールもずぶ濡れになっているが、彼は気にする様子もなく指を動かし続ける。
「……声、だしていいよ。この音で隠れる程度にね」
「……ん、無、理……! 抑え、られ、な……」
「……じゃあ、こっち向いて。塞いであげる」
ノワールは壁にすがるように寄りかかるラズワードに覆いかぶさるようにして、振り向いたラズワードの唇を自らのそれで塞いだ。シャワーの水流と激しくなる一方の快楽で立っているのも辛かったが、ラズワードは必死にノワールのキスに応える。少しでも多く彼に触れていたかった。
『ここにいる間』その言葉が酷く頭に焼き付いている。
違う。違うよ。「俺」はずっと貴方を愛している。
時間がないんだ、まるでノワールの行動はそう言っているようだった。少しでも長い夢を見ていたい、と。「しない」なんて言ったのに、こうして熱を交える。ラズワードが最後には違う人を愛すると、自分の願いは叶わないのだと。そんな彼の諦めをどこかに感じて、「絶対に貴方の願いは叶えてみせるから」と、そう言いたかったけれど、重ねられた唇がそれを許してくれない。このキスが苦しくて、気持ちよくて、切なくて、やめることができない。
「ん、ん、んんっ……」
指はいつの間にか3本に増えていて、抜き差しの速度もあがって。ジワジワと熱いようで寒いようで、熱い波が体を襲う。じゅぶじゅぶとシャワーのお湯と精液が指に絡まって、まるで愛液のように音をたてる。
「ふ、……ん、んん――!」
ガクン、と足から力が抜けてゆく。ノワールはラズワードを支えるように抱き寄せたが、そのまま二人で床に崩れ落ちてしまった。
「は、はぁ……ん、」
ノワールの胸にすがりつくようにラズワードは彼に身を寄せる。
「ノワール、さま……ノワールさまの、欲し……」
「ん、だめ。明日も早いでしょ」
ザアザアと降り注ぐシャワーの雨に打たれながら、ノワールはラズワードを抱きしめた。
「……ごめんね」
「……?」
「ラズワード……ごめん」
なんで謝るの。
かすれ声の「ごめん」に堪らなく悲しくなって、ラズワードはノワールに口づけをした。そうすればノワールは静かに微笑んで、目を閉じた。
――君の、未来を奪ったんだ
「……足りるかな」
「……?」
「……代わりに、俺の最期をもらって」
何を言っているんだろう。そう思った。
ただ、泣いているように見えたから、その瞳にキスをした。シャワーのお湯かもしれないけれど、たぶんこれは涙だったと思う。その黒い瞳が美しく、濡れていた。
シャワーの音だけが、虚しく胸に染み込んでいった。
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