「――がっ、……は、」
ジャバウォックの敗北――それをリリィもラズワードも確信した。その瞬間だ。リリィは血を吐いてその場に崩れ落ちてしまう。
強力な繋がりを持つジャバウォックの体が一気に破壊されたことによる衝撃、そして二重契約の負荷。それが一気にリリィの体にのしかかったのである。リリィは顔をあげることもできず、こうべを垂れて噎せるようにして血を吐き続けていた。
「り、リリィ……!」
今にも死んでしまいそうな彼女の様子に、ラズワードは思わず駆け寄った。決闘の決着がついたあと、敗者を労わるのはご法度ではあるが……彼女は、ノワールにとっても大切な人である。女性を放っておけないラズワードの気質もあって、ラズワードはリリィのことを見捨てることができなかった。
「今、治癒魔術を……!」
「……結構よ。みじめになる」
「しかし……!」
「……がは、……そもそも、普通の治癒魔術ではどうにもならない、……ジャバウォックとの繋がりは、とても、特殊なの」
「……じゃあ、どうすれば……」
「放っておいて。死ななければ、自然回復でこれはどうにかなる。……そんなに私の体を、治したい? ノワールの仲間だから?」
ラズワードが抱き上げれば、リリィは青白い顔で不敵に笑った。その瞳には、涙が浮かんでいる。負けた悔しさもあるだろう。しかし、きっと彼女の心の中には。ノワールへの想いが負けてしまったのではないかと、そんなショックもあったに違いない。
この決闘は、ノワールを賭けた戦いである。この決闘の敗北は――ノワールへの想いの敗北を意味すると言っても過言ではない。もちろん、力の差など想いの強さでどうにかなるものではないのだが――リリィも、ラズワードも、この決闘をそうとらえていたのだ。
「……倒れた女性を放っておくなど、あってはならないことです」
「……大した騎士道ね。……けれど、貴方、いつまで騎士でいられるのかしら。……いつまで、レッドフォードの騎士でいられるの? こんな決闘に、臨んでおいて」
「……」
ぜえぜえと息を荒げながらも、リリィはその眼光を弱めることはなかった。敗北し、体も心も折られてなお、ラズワードの深層へ迫ろうとしている。自分を倒した男の本質を見極めなくては、ノワールのことを任せられないからだ。
「ノワールのことを殺すんでしょう。ノワールへ戦いを挑むのでしょう。それは、レッドフォードへの裏切りを意味するわ。今の貴方の立場のままでは、ノワールへ戦いを挑めない」
「……それは、……なんとか、します」
「……けど、それは大きな問題ではないわね。自分でもわかっているだろうけど……貴方、ノワールのことどう思っているの? このままハル・ボイトラー・レッドフォードの恋人として赦されるの?」
「――ッ」
レッドフォードに属する者として、ノワールへ戦いを挑んでもいいのか。その質問については、はぐらかせた。実際に、レヴィが親族への革命を企てているところだ。ノワールへ戦いを挑むことについては、様々な障壁はあるにしても不可能なことではない。
しかし、ノワールへの想いについて。この質問を、ラズワードは即座に交わすことができなかったのである。
この決闘に応えると決めたとき。自分の心の在りかを、見定めた。そう、ノワールを愛するリリィと決闘するのならば、自分もそれ相応の想いを持っていなければいけないと。この決闘に応えたいと思った、自分は。ノワールのことを、どう思っているのか……それに、気付いてしまった。
「……、」
ぽつ、と生暖かい雫が、リリィの頬を叩いた。雨、ではない。リリィがはっと目を瞠る、その先には――瞳に涙を溜めた、ラズワードが。
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