13


「今日の決闘の立ち合いは、俺とお父様とその従者、それからマリーがすることになったよ」

「……エセルバート様とマリー様って和解したんですか?」

「うーん……してないんじゃないかな。昨日もすごい言い争いしてたし……」

「はあ……そうですか。……あと、なんだかレッドフォード家の皆様に見られるのすごく緊張するんですけど……」

「あはは……お父様なんかはたぶんラズワードのことすっごい見てくると思うな。もしもラズワードが勝ったらラズワードのこと俺の従者にするように頼んであるから」

「……え、俺を? ハル様の従者!?」

「うん。レイヴァースが負けて新たに従者探すのめんどくさいだろ、って言ったらすごい渋い顔でお父様、考えておくって言ってたよ。まあ、レイヴァースに勝つってことはかなりの実力者ってことになるから、従者としての条件はみたせるんだよね。……やっぱりそう簡単には承諾してくれないと思うけどさ」



 決闘当日。ラズワードは自分の私室で服を見立ててもらっていた。正式な決闘だから服もちゃんとしろ、とのことらしい。あまり話す時間もないためハルはそれに立ち会うという形でラズワードの部屋に来ていた。



「でも……ハル様。俺、奴隷身分ですよ? そんな俺を従者にするのはちょっと……」

「いいんだよ。俺そういうの気にしないし。それにラズワードくらい綺麗ならむしろ好意的に見られると思うけどなあ。ラズワードはそんななよってしているわけでもないし変な噂されることもないだろ」

「変な噂って……」

「ほらー……あるでしょ? 愛人とかそういうこと言われる奴」

「別に大きく間違ってはいないと思いますけどね。皆様の想像のとおりいかがわしいことしているわけですから」

「い、いかがわ……っ」



 してやったりという顔で笑ってみせたラズワードにハルは顔を赤くして俯いた。

 い、いかがわしいこと……エロいことはあの時以降していない……い、いや……寝る前に身体触ったりとかはしてたけど……ノーカンだ、ノーカン!



「ラズワードさん、できましたよ」



 ラズワードのタイをきゅっと締めてそう言ったのはミオソティス。ラズワードの服の仕立てはミオソティスがやっているのだった。

 み、ミオソティス――

 ハルは彼女がこの部屋に来てからというものの、なかなか顔をあげられない。ラズワードのことを見たくとも、彼女がすぐ傍にいるためにそれも叶わない。

 そうだ、だって彼女はあの時俺の……情けない! 女の子にあれみられるとか終わってる……



「ありがとう。ミオソティスはなんか服とかそういうのが好きなの? 今日もなんか手馴れているし、このミオソティスが来ている服も自分でやったんだろ?」

「服が好きというよりも、色鮮やかなものが好きなんです。ですから、こうして服にも興味があるし、それから染物とか絵を描くことも好きですよ」

「色……ああ、だからなんか俺の目をみて……」

「はい。ラズワードさんの目の色、とても綺麗で。ずっと見ていたいです。……だから、今日は負けないでくださいね」

「うん、ありがとう。俺、勝つよ」



 しかもなんか仲いいし……!っていうか俺と話すときとラズワードの口調違う……これか、アザレアさんの言ってたタラシってやつ……



「ハル様」

「は、はい!?」

「あ、あの……私、おわったので……失礼します」



 モヤモヤと二人のようすを見ていたハルは、急にミオソティスに話しかけられて大きな声をあげてしまった。ミオソティスはびっくりしたような顔をしているが、そのまま何もなかったように部屋を出ていこうとする。



「ちょ、ちょっとまって」

「はい……!」


 ハルに呼び止められてミオソティスはぱっと振り返る。まさか自分にハルが意識を向けるとは思ってもいなかったのだろうか、ミオソティスはぽかんと口をあけていた。



「一生のお願いです。黙っていてください」

「え、……え? あの、何をでしょうか……」

「だ、だから……あのとき……ほら、その……君が俺に決闘の日程を知らせにきたとき……」

「……? ハル様がラズワードさんとセックスしようとしていたことですか?」

「そ、そっちじゃなくて……俺が、その……」

「あ! ハル様のペニスが勃……むぐっ」



 言いかけたミオソティスの口を塞いだのはラズワードだった。ラズワードは「はぁー」とため息をつきながらミオソティスのおでこを叩く。



「女の子がなんてこと口走ってるんだ」

「ん? んん、んんん」



 ミオソティスはもごもごとラズワードを見上げながら抗議しようとする。ラズワードが手を離してやれば、ぷは、と息を吸ってミオソティスは言う。



「私、大丈夫です、なんとも思っていませんよ! ハル様のあれは男性の本能ですから! 恋人とあんな状況になれば勃起するのは当たり前のことです!」

「も、もうやめて……俺の心えぐらないで……」

「えっ……も、申し訳ございません……! ハル様の気分を害するつもりはなかったのですが……」



 顔を赤らめたり青ざめさせたりしながらうなだれるハルと、オロオロと戸惑うミオソティスをラズワードはどこか白い目で見つめる。



(く、くだらねー……)



 今の立場を賭けた決闘の前にするような内容ではない会話に、ラズワードは呆れを隠せなかった。ハルにとっては死活問題のようだから黙ってはいたが。



「ミオソティス、大丈夫、ハル様のことは放っておいていいから。あとは俺にまかせて、いいよ、もういっても」

「で、でも……」

「いいからいいから」



 ラズワードはぐい、とミオソティスの背を押して部屋の外に押し出した。これ以上この茶番を続けてられないとの意向である。



「あ、あのラズワードさん」



 扉を閉めようとすると、ミオソティスがくるりと振り返った。その結われた黒髪がふわりと揺れる。着物の香りだろうか、不思議な甘い香りが鼻をかすめた。



「本当に、勝ちますよね?」

「……うん」

「絶対、絶対ですよ?」

「もちろん」

「これでお別れなんて嫌ですからね?」

「そんなことにはならないよ」

「……本当に?」



 きゅっと唇を噛んで上目遣いにミオソティスはラズワードを見つめた。ラズワードはふっと微笑んでやると、ミオソティスの頭を撫でてやる。



「信じて」

「……ラズワードさん……」



 パシッ。



「……?」



 ミオソティスを撫でるラズワードの手を、後ろからハルが掴む。そろ、とラズワードの肩から顔を覗かせながら、ハルはラズワードをじとっと見つめた。



「……俺をのけ者にしてあまーい会話するのはやめてもらえませんか」

「そんなのしてません」

「嘘つけ、俺がこうして止めなければキスとかしそうな勢いだったじゃないか」

「誰がしますか、そんなこと! セクハラする趣味はありません!」

「じゃあラズワードは彼女を可愛いと思いますか」

「思います! 俺だって男ですからね!」

「ほらー! やっぱり!」



「あ、あの……」



 二人のしょうもない会話を聞いていたミオソティスがおずおずと声をだす。それに気付いたラズワードはハルを押しのけてミオソティスに作り笑いを向けた。



「大丈夫、心配しなくてもいいよ、絶対に勝ってくるから。ミオソティス、ありがとう」

「は、はい。あの……なんか……ごめんなさい……」

「ミオソティスは悪くないから! じゃあ、俺今日はもうミオソティスに会えないと思うから、またあしたな」

「……! は、はい……! またあした……です!」



 明日もまた会える、とそんな笑顔をみせたミオソティス。ラズワードはそれを確認すると、もう一度笑って、そして扉を閉めた。



「……ハル様ー……大人気ないですよ!」

「だ、だって」

「……意外とハル様って嫉妬深いんですね。……まったく」



 ラズワードは呆れた笑いをハルに向けた。う、と俯くハルを見て、ラズワードは吹き出す。そして、ハルを抱きしめてやった。



「心配しなくても……俺は貴方のものですから」

「……ごめん。わかってるんだ……でも、」

「ミオソティスなら……たぶん彼女は俺にそういう感情は抱いていないと思いますよ。彼女はちょっと変わってますから……俺に対して何か違うものを見ていて、そしてそれを好きなんだと思います」

「そ、それはなんとなくわかってる。彼女、俺とラズワードの仲を普通に受け入れていたし……さっきはちょっと……うん、大人気なかった。ごめん。……でも」



 はいはい、とあやすようにラズワードはハルの背中を撫でてやる。前から思っていたが、この人はちょっと子供っぽい。大人らしい包容力もあるが、恋愛のこととなると(慣れていないのか)少しダメになる。

……まあ、そんなところも可愛いなんてラズワードは思うのだが。



「俺……本当にラズワードのこと好きだから……ごめん、こういう行動とっちゃうときもあるかもしれない……」

「……別にいいですよ。相手に迷惑かけなければ。……俺は縛られるのは嫌いじゃありませんし」

「……束縛とかはしないから!」

「え? いいですよ。少しくらい縛ってくれても。……性的な意味でも」

「ちょ……やめてくれ! せっかく綺麗な服着たのに乱したいのか!」

「冗談です」



 ふふ、とラズワードは笑う。とん、と壁に背をあずけて、天井を見上げてみる。

 バカみたいだなあ。……こういうのは、初めてだ。



「そうだ……エリス様の出張って、今日で終わりでしたっけ」

「……ん、ああ……決闘に立ち会うことはできないけど、今夜には帰ってくるって」

「そうですか……じゃあ、今夜初めて姉さんと会うんですね」



 ラズワードとアザレアがレッドフォード家の屋敷に戻ってきたのは約一週間前。エリスは丁度その前日から出張に行っていて、今日まで戻ってきていない。アザレアはエリスと会うのがどうやら怖いようで、このまま会えなくてもいいなんて言っているが、そういうわけにもいかないだろう。

 ラズワードは今日の決闘よりも、どちらかといえばそちらのほうが心配だった。エリスがアザレアにどういった態度をとるのか。昔とは思い切り風貌の変わったアザレアを見て、エリスはどう思うのだろう。



「あ……そうだ、兄さんからラズワードに伝言」

「……俺に?」

「『勝たねーと殺す』だってさ。なんだかんだ兄さんもラズワードのこと認めてるよね。前は奴隷がどうのこうの言ってたくせに」

「……うわ、怖……それは勝たないとですね。……でも、俺知っていますよ。エリス様、本当は優しい方ってこと」

「兄さんは……うん、そう。口悪いけど中身そんなに悪いやつじゃないんだ」



 ラズワードはふうっと息を吐く。そして、自分に縋り付くように抱きついているハルの首元に、顔を埋めた。



「俺……ずっと、ここにいたいです」

「……『いたい』っていうか……いるんだろ。……ほら、ミオソティスにも約束したしね」

「……はい」



 ハルのこめかみにそっと口付ける。そうすれば、ハルは顔を上げてラズワードを見つめた。

 ラズワードはなんとなく、目を閉じる。たぶん、それは間違っていなかった。ハルはラズワードの唇に、自分のものを重ねてきた。



(気持ちいい……)



 静かに、まるで儀式のように、深いキスをする。息を荒げることもなく、声を乱すこともなく。ゆっくりと舌を絡めて、ただ、ただ。

 心の中で、幸せだと、そう呟いた。
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