走馬灯になる前に

※83000hitリク(次富←池なシリアス)ろあさんへ
卒業後パロ


最後の眠りにつく時に走馬灯のように今までの記憶が抜けるように蘇ると聞くが、一番最後には何が浮かぶだろうか。
一番うれしかった事だろうか、それとも悲しかった事か、はたまた未練だろうか。それとも愛された事、愛した事だろうか。いくつもある記憶の中で自分という存在が最後に求めるものとはなんだろうか。その答えを走馬灯が知っているような気がしていた。

***


十の歳で入学した学校では、卒業が近い学年になるたびに―死―があたかも自分自身のように、側にいる事を感じさせられるようになった。だから、ふと眠りにつくときには死について考える事が多かった。それほどに自分が選んだ道は死をはらんだ仕事。

「怖くないといえば嘘になる。だからこそそれを払う事が私の生きる意味だと考えてる」

浮かぶ言葉と背景、人物が鮮明なのはまだその日からそう遠くなっていないからだ。
卒業してすぐ就いた城は待遇も人間関係も悪くなく、むしろ自分にはあっていた環境だった。まだ、いやもうこの城に務め八つの年を数えたのかとしみじみと視界に浮かぶ赤と同じように滲みはじめる。黒い装束に年月重ねた自分にはまだない皺、と勘と知恵と統率力はいつ見ても大きい。

―組頭、すいません

届くはずのない謝罪。それでも計画は成功し、我が城は勝利するのだからたかが忍一人の命など惜しんではいられない。今回の戦もすでにそれ以上の犠牲は出ている。それでも、その犠牲にそれ以上の命が生きながらえるためには必要だった。
本当はいつだって動いてるはずの脈音は常に忘れるほど冷静だったはずなのに、耳に煩い。そのいら立ちさえ口に出すことが出来ないほど、自分が衰弱している事が腹立たしいより可笑しかった。止血のために固く結んだ太ももの付け根の布はもう以前の色を無くしているし、わき腹の傷を覆う片手ももう機能してないも同じ。動くだけの気力でここまで来たけれど、きっと匂いと気配、そして残してきただろう血痕が自分の居場所を、敵に教えてしまうだろう。
例え、我が城が勝つとしてもその恨みや思念だけで俺を仕留めに来る同業者はいるはずだ。袋として入り、信頼を勝ち得た分だけその恨みは一入であろう。そう思うと自然とそう恐怖は感じず、眠気の方がずんずんと迫ってくる。

最初に浮かんだのは両親だった。海辺で育った俺に泳ぎを教えてくれたのは父親で、海の恵みで育ててくれたのが母親。最後に家に帰ったのはいつだっただろうか、両親とも元気な姿しか浮かばないから、達者で暮らしているんだろう。
そのうちに、にっこりと笑う友人が目の前に現れた。これは学園の庭先で昼寝をしていた時だったはずだ。

「蝶々止まってた」

と彼は笑う。そして同じ組だった口うるさい友人と生真面目な友人が早くこい、と急かしている。何気ない日常だったあの頃がより一層温かに浮かび上がってくる。後にも先にも俺が今まで生きた中で友達と呼べるのは、きっとあの頃出会った奴らしかいない。
後輩をからかったり、先輩に振り回されたり、先生に褒められたり怒られたり。純粋に毎日が必至で楽しかった。
じんわりと抜けていく体温の中で泡のように浮かび上がって消えていく記憶が曖昧で夢のように色褪せていく。本当にこの先に俺が新しく見るものはないのだろう、ならばせめてと俺が最後に思う記憶だけははっきりと見せて欲しいと思った。
暗がりの森林の中で霞ゆく視界の中ではそう物を捕える事は難しく、本当にあとは記憶を遡る事が精一杯だと悟る。
もうすぐだと、目を閉じようとした時に声が聞こえた。音ではなく、確かに人の言葉を紡ぐ声。

「池田」

聞き覚えがある音を雑に投げる言葉づかい。
辛うじて動いた瞼から差し込んできた顔は黒く覆われていたもののその視線は忘れた事などない。刺すような視線の先に据えられた瞳は鮮明に色をなしていた。やはり最後にはこの人が来るのか。ならばなんだ、俺の最後は愛したことなのか、いやこれは未練の方が近い。背中しか素直になれず、追いかけることもできなかった淡い若き日の最初で最後の恋。好きになった時にはすでに、彼は誰かの者だった。と言うより誰かをものにしていた方が正解なのだろうか。俺の知っている限りやすやすと誰かの者になるような人柄など奴はもっていない。
自分の息の音ももう遠い。最後の最後、忘れなくとも姿が記憶から薄れていった初恋の人。その人が鮮明にあったなら幸せではないだろうか。本当に思い出せないほどになる前でよかった。きっと言葉はもう俺にはない、けれど二文字くらい紡がせてはくれないだろうか。そう弱った瞼を上げると、覆われた黒を片手で引きおろして表情が表だってくる。その顔が覚えていた幼さをほとんど残していない事に疑問を浮かべていると、その頭巾をすべて取り払った。すればよく映える赤みを帯びた髪が空を舞った。
これを追いかけたんだと、落ちていく髪の動きを追っていると忘れていた激痛が走った。腹部をきつく締め付けられる痛みに口から音が漏れる。

「我慢しろ」

耳元でする声は、こんなに近くで聞いたことがない。そして目の前に本当に目の前を流れて鼻先をくすぐるあちらこちらに跳ねた髪。
この夢でも覚めるような実在感と痛みと人の温度。腹部にまかれたそいつの頭巾、奴は巻けたことを確認するとゆっくりと俺との距離を開ける。痛みは感じれるほどにまだ息の根を保っていることを俺の体に染みこませる。すると途端に現実が近づいてきて、奴ではない気配を感じた。

「さく」

富松作兵衛、それが赤を帯びる髪の奴の名前。そしてその名前をあんな風に呼ぶのはたった一人しか俺はしらない。そしてゆったりと近づく長身の黒装束に向かって富松は問う。

「さの、数馬は」
「追ってがいる。丑に」

舌打ちした後にこちらに振り返ると、辛抱しろよと俺に言うと両腕が伸びてくる。どんなに好きだったといえど、素直になれず対抗心ばっかり燃やしていた相手におぶわれる日がきたのか。だが歳を重ねるということは緩和剤ともなったらしく、それも悪くないと思う自分がいたが、そんな事すんなり叶うはずもなかった。途中で間に入った長身の男、次屋三之助―すなわち富松と恋仲であった男―が結局俺を担ぐ事になった。

俺たちの一つ上の先輩たちはそれぞれ城付として就職したと聞いていたが、とある用事で数年ぶりにくぐった学園で聞いたのは、仲のよかった六人が先の戦で所在が不明で学園でも把握していないという事実だった。もし情報があれば教えて欲しいと言われたがそれから何一つ情報など入ってくることはなかった。
そして、今もこの二人が一緒にいるのであればその恋仲の状況も変わっていないという事実で、間に入った次屋の行動を見ればなおさらだった。
本当に最後まで酷な事をする。いや最後ではないのだろうか。静かに初恋を想いながら息を終えるのが幸せだったか、それとも永遠に叶わないと知りながらまた初恋に小さな希望を持って生きる方が幸せなのか。それを選ぶ権利は俺にはなくて、か細い息の中で次に目覚める事が出来たなら考えようと、風を感じる大っ嫌いな奴の背中に負ぶわれながら思考を閉じた。



走馬灯の灯の色さえあなたは選ばせてくれないのですね

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