数えるに足らず

※池富:毒子さんリクエスト


気に食わない事は数えきれないほどある。
歳を重ねれば重ねるほど、それは増えていき、しかたないと手放してきた事柄も多い。もしかするとただ小さな事で気にせずとも良かった事で、手放せたという事実が過去を振り返り、そう答えているのかもしれない。しかし、それでも気に食わない事は次から次へとやってくるのだから、いくら手放そうとも俺の気が晴れることはない。

本当に気に食わない。

しん、とした倉庫は音がよく響き、熱を持たない。だからこそ自分の熱をよく感じる事も相手の体温をくみ取る事もたやすい。
俺は神経を研ぎ澄ました指先に力を入れ、指の動きに少し、ほんの少し反応をする向かい合った相手を見る。反応が気に食わない。嫌がりはしない、それもそうだ。合意のもとでの艶ある濡れ事。もう何度も繰り返したそれは、最初に比べれば確実に腕を上げているはずなのに、その反応といえば重ねるごとに静寂を増す。
もちろん、演技をして欲しいとは思っていない。それこそ本当に気に食わないし、さすがにこちらも落ち込む。女のように高い声を上げて欲しいとも思っていない、そもそもそれなら女を抱けばいいだけの話。
あえて目の前の相手、男であり先輩である奴に慕情を抱いたのは自分なのだからそれを否定すれば、自分ものとも否定する事になる。

「あんた、何考えてんの」
「は、別に」

別に。
それが今まさに体を重ねている相手に放つものとは思えない。しかしいくつ文句を落とそうが富松作兵衛という男が変わる事はない。気に食わない事を並べていくら争っても歩み寄る事は叶わないと悟ったのは最近の事。それでもそのいがみ合いさえなければ、俺たちがこの関係になる事はなかったとも思う。
指先がどろどろと溶けそうに熱を持ち、銜え込んだ壁も同じ様に熱い。そこはもう指では物足りないと言えるほどに柔らかく伸縮している。

「もう少しさ、顔に出せば可愛いのにな」
「無いものねだりか」

富松に可愛さなんてない事なんて知っている。
吊り上った目、鍛え抜かれた体、強い語り口、どれをとっても俺よりも男らしい。それでも、求めたところで手に入らないとしても、求めてしまう。誰でもない唯一だからこその感情。
富松の片足を指が食い込むほどに掴み持ち上げる。片足立ちになるその体を壁に押しやって自分の熱をすりつけながら、先ほどまで指をくわえこんでいたそこに押しやる。さすがにそこで、俺の肩口に富松の息を添えられ背筋にいわれもない緩やかな背徳が落ちる。

「ん…っ、お前、も…顔に出せば、可愛いじゃねぇーの」

わざとらしく指先を突き刺しながら摘ままれた頬が痛みを受ける。そこで交わった視線に合点がいった。
自分の視界に映るのが相手の顔だからこそ余計に気になる。そして、そういった俺の表情も鏡を映すように富松と同じく表情を映してなかったらしい。顔に感情を出さないように受けた訓練、そして事に集中すればこその忘れられた表情、それは例え学年が一回り違おうとも似たもの同士の俺たちならばお互い同じである。
それは俺が俺の求める表情を作り出せば、反射で手に入れられるという事だろうか。いやその前にその表情を自分でする事の方がとてつもなく困難。結局ないものねだりには変わりない。
何が嬉しくて、ぶつかってばかりの相手とこんな関係に落ち着いたのか。
しかし、それが何でも叶ってしまえばきっとお互いに飽きるのも早いのかもしれない。叶わないからこその叶えたい。届かないからこその努力。負けたくないから誰よりも勝ちたい強い心。
それが重なり合っていつか慕情と言われるなら、それはそれでも構わないと思うのだから、溺れられるくらいには自分も恋をしている。

「可愛いこと言えんじゃん」

返事を返される前に収まった熱を上下し始めれば、不意打ちでの動きに富松の小さな小さな喘ぎが瞬くように倉庫内に消えていった。

気に食わないのなんてお互い様。
それでも捨てて行かないのが恋となり、愛と呼べるその日まで、重ねた数は数えるに足らず。
prev/next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -