次富

※現代パロ


整頓されて並ぶ住宅街。高さや色や形はそろっていないけれど路面にはみ出すことなく列を作り並んでいる家々の間を通って、毎日そう変わらぬ風景を三人で歩く。
「じゃぁな、さくべぇ、さんのすけ」
大きく手を振り上げて左門が何時もの分かれ場所で笑い、目の前に見える門に手を掛ける。ごく当たり前の風景。だけど、作兵衛にとってこの瞬間は何度繰り返しても不快感だけしか感じる事は出来なかった。
左門が入っていった家の真向かいが作兵衛の家。そして作兵衛の裏側にある家に住むのが三之助。いわゆる三人は幼馴染という関係でそれは小さなころからよく知った間柄だった。
「じゃ、」
「お前はどこへ行く気だ、どこへ」
明らかに着た道を戻ろうとする三之助の袖をひっつかんで作兵衛は怪訝な顔をする。すぐそこにある家をわざとかと言うように背を向ける三之助は生粋の方向音痴。それもそれを自覚しないというのが彼のさらに悪いところ。家に帰るのだと言いかけた三之助の頭を作兵衛が一発叩き、その手首をひく。
「ほら、ここだろ」
「あれま」
我が家の目の前に連れてこられて三之助は不思議そうに家を見上げる。いくら見つめてもそこにあるのだから三之助が間違っていた事は明らかだった。作兵衛の仕事はここで終わっているにも関わらず、彼の口から別れ際の言葉が出てくることはない。今まで一度たりとも三之助と左門の前では言ったことがない。作兵衛はいつも相手が言うのを待って、それに相槌を打つ程度で流していた。
言わなければ変に思われるだろう、けれど作兵衛の口が動くことはない。彼が物心ついた頃にはその言葉は背負いきれないくらいに重くて冷たい言葉だった。にわかに信じがたい、説明したところで理解を示す人間がどれだけいるかもわかならないが作兵衛には過去、それも作兵衛が一度産れ生きて死ぬまでのもう一人の自分の記憶がある。

「さく、また明日な」

細かい事を気にしないのは、三之助のいいところでもあり、時に最悪に悪い事ある。だけど作兵衛にとって今は都合がよかった。ああ、と簡単な返事をして三之助に背を向ける。作兵衛は見送る事も嫌いだった。

今でも鮮明に浮かぶのは、遠い昔に見送った手を振って卒業後会うことのなかった左門と何度も見送り己の命を預けた三之助の背中を最後に見送った光景。まだ電気もガスもなく、貧富の差が激しかった時代に作兵衛、左門そして三之助は今と同じ同級生として出会い共に勉学に励んだ。内容は今と重なる部分もあるものの大半は生き残る為に学んだ技術。昔三人が通った学校は忍者の学校だった。卒業すると家の事情がない限り忍者の道に進む。特に城付の者は多い。それは三人にも言えたことで、皆城付の忍者となった。左門が付いた城は遠い城だったから二度と会う事はないだろうと寂しく思い、作兵衛はそれも幸せだと思った。再会が喜びに繋がる確率は、同業者であるだけ高い。最悪友人だった者を手にかけることだって少なからずあるのなら、会わない事も幸せだった。三之助と作兵衛が付いた城は別だったものの、どちらも分家で本家は同じであり、場所も近く頻繁に会える場所だった。
そして彼らは恋仲の間柄だった。

「作となんでもない時間過ごせる日がくるといいなぁ」

最後に会った日の別れ際、三之助はそう作兵衛に言った。そして、また、と笑った。
遠い空眺めながら三之助は二度と作兵衛の元に姿を表す事はなく、三之助は任務を全うしたという遠い噂だけがひと月後に作兵衛の耳に届いただけだった。

時代はもう幾重と過ぎて、あの頃のように罪のない人が簡単に失う事は少なくなっただろう。それでも作兵衛に巣食らう記憶は失われる事なく迫る。
涙を堪えて一刻も早く自宅へ、そして自分の部屋へ、布団にもぐりこんで誰にも知られないように。作兵衛は走り出す寸前だった。後ろから伸びてきた二つが両脇から自分を掴むとは思っていなかった。その驚きの衝撃からだろう、堪えていた作兵衛の涙は重力に負けてぼたぼたと落ちていく。

「作、いつまで昔を思ってんの」

離せという言葉も、抗う事も作兵衛はしなかった。
耳に吹き込まれた三之助の声が、いつもよりずっと低くて昔の声に近かった。

「いつまで待ったら俺を見てくれる」

作兵衛には言いたいことは山ほどあったはずだった。その分だけひっそりと泣いた。涙の数だけため込んだ思いは底に底に追いやられて、出し方なんて忘れてしまっていた。それでも、離すまいとされた三之助の両腕の真実をかみしめることしか作兵衛にはできなかった。

時間はあるから
君が言ってくれるまで
今度は君の隣でぼくが待とう



次富への3つの恋のお題:離れたくない、離したくない/好きだなんて言ってあげない/過去は過去、未来は未来


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