「おはようございます……」
「おー。何だオイ疲れた顔してんなァ、撮られる仕事だからある程度は自己管理しねェとそのまんま写っちまうぜ? まァ読モはアマチュアに近いっちゃ近いから、まだそこまでガミガミ言われはしねェと思うけどさ」
「や、ちょっと昨日眠れなくて…。すみません」

 撮影当日。案の定と言うかお約束と言おうか、昨晩大して眠れなかった。
 それは顔に現れてしまっていたようで、待ち合わせ場所である駅前のコンビニの横に居たシャチと顔を合わせるなり眉を下げられてしまう。

 一応それなりに身だしなみには気を遣うし、髪をセットするワックスとスプレーも持ってはいるけれど、正直あれらのアイテムは強風の日に髪が目に入る事態を防ぐべく前髪を固める目的でしか使わない。
 何が言いたいかと言うと、日頃から向上心故に自分の容姿を整えて飾るような性格ではない俺は、雑誌の表紙に載る仕事を嬉々として引き受けるタイプではない。

 かと言ってモデルの仕事を嫌々やっているという事はない。スカウト時に街頭で撮られた際に撮影データを確認させて貰った時の、カメラの角度や明るさの些細な工夫だけで自分の雰囲気が一変している画像を見て感じた独特の感嘆と高揚感に惹かれて、あくまでも自分の意思で副業とする事を選んだ。

 ただしそれは、時々少し非現実的で刺激のある体験がしたい、という結構浅い動機が前面に在る意思だ。有名ファッション誌の表紙は言うなれば荷が重い。何ならカフェの厨房で3Dラテアートの練習をしている方が楽しい。
 そんな後ろ向きな気分が災いしてか、世間に名の知れた話題のモデルと共演する緊張と相俟って昨日はなかなか寝付けなかった。

「スタジオは車で二十分ぐらいのとこだから、移動中ちょっとでも寝とけよ。寝不足だと酔っちまうかもしれねェし」
「ありがとうございます」

 アマチュアであろうがモデルの肩書きを持って給料を貰っている以上はコンディションの調整も仕事の内ではあるのに、そう言って笑ってくれるシャチの態度が有難く、同時に情けなさも湧く。
 路肩に停めてある車に近付いてロックを解錠するシャチに続き、助手席の扉を開けてシートに座り込むとベルトを締めるなり早々に瞼を降ろさせて貰った。

「アルト、着いたぜ」

 と思ったら声をかけられ、発進してから一分も経っていないのではと怪訝に思いながら瞼を持ち上げるも、エアコンの送風口の上に取り付けられたカーナビ画面に表示されている時刻は待ち合わせ時点から三十分後の数字になっていた。完全に意識が落ちていたらしい。

 束の間の睡眠が功を奏したのか、今朝起きた時よりも幾分か頭がすっきりとしていた。これなら撮影が多少長丁場になったとしても大丈夫かもしれない。
 車を降り、シャチの後に着いてハウススタジオの玄関に向かう。

 遠目に見れば白い箱のような外観の貸しスタジオは、事前にシャチから見せて貰っていた画像よりも広そうな印象を受ける。内装はその都度撮影の内容次第で変わるそうなので今回どうなっているかは判らないが、あまり狭い空間でスタッフに囲まれると緊張しそうなので、その心配も無さそうな建物に更に多少安心感が増す。

 けれどもあと三歩ほどで玄関、というところで、眼前の扉が内側から勝手に開いた。

「あ、キャプテンお疲れ様っス」
「ああ。……コイツか、お前の言ってた新人」
「そうそう、この前話したアルトです! 割と飲み込み早いんスよ」
「………おはよう、ござい、ます…」

 男という生き物は、系統が美人にしろ可愛いにしろ、顔立ちが整っている異性はつい目で追ってしまうし無意識下で好感を抱く。その辺りは恐らく女性も変わらないのではないかとも思う。
 ただし相手が容姿端麗な同性だと、果たして女性がどうなのかは知り合いの女の子に訊いた事が無いので解らないのだが──俺の場合、緊張しかしないと今知った。自己紹介どころか名乗りさえ喉に突っかかっている。

 ネットでぼんやりと顔を見た事はあったので、美形の面立ちだという事は知っていた。しかし実際に本人と対面すると迫力が違う。
 適度に彫りが深く、鼻筋が通り、双眸は切れ長でありながら細過ぎるという事もなく、唇の形が良くて、頬の輪郭が彫刻か何かのように滑らかである。

 玄関より現れたこの総合的に大変美形な青年トラファルガー・ローと今からツーショットで撮影に臨む我が身を思い、俺は自分自身へ向けて心中で合掌した。イケメン過ぎて隣に並びたくない。


 
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