「船長、魚人島にはいつ頃行くんスか?」

 女ヶ島を出航して二週間弱。海王類との遭遇を懸念してカームベルトの海域を大分慎重に進み、近場に在る打撃を受けたばかりのインペルダウンやマリンフォードから頻繁に海兵が出入りしている現状を考慮して日頃よりも警戒の度合いを強めて航行した結果、再びシャボンディ諸島付近へ近付くまでに存外時間を喰った。

 明後日にはシャボンディへ着くかという中、船上の甲板で投げかけられた問いに伏せた瞼を持ち上げる。
 背後で床に横たわり昼寝をしているベポの首辺りに寄りかかった儘、声の主であるシャチへ目線を移すと、シャチだけでなく他のクルーも洗濯の手を止めて此方を窺っていた。

 船をシャボンでコーティングするには高額の代金を要する為、新世界に行こうとする海賊の殆どは魚人島へ向けて出立する直前にシャボンディ諸島に立ち寄り、コーティング職人を探して作業を依頼する。下手にコーティング済みの状態で彷徨ついて同業者や海軍と交戦になりシャボンが割れるような事になれば、単なる金の無駄遣いに終わるからだ。

 頂上戦争をきっかけに、新世界よりは治安が多少良いとされるこの前半の海も海賊によって荒れている。"黒ひげ"の新世界における動向も連日新聞で報道されている上、今朝の紙面に至ってはまだ全身を包帯で巻かれた状態の"麦わら"の奇行も掲載されていた。
 加えて、シャボンディで見かけた億越えのルーキー達が続々と新世界へ渡航している情報も耳に入る。自分達が一歩出遅れているとでも思っているのだろうか。

「今回の戦争の余波が鎮まるまでは行かねェよ」
「えー!? まだ入らないんスか!? 新世界!」

 一言告げればシャチが大きな声を上げる。内容に反応してか甲板に居るクルーがいよいよ本格的に雑用を中断し、俺の前に半円を描く形で集まり始めた。俺自身近頃の世界情勢の動きを新聞で追った末にごく最近出した結論なので、予期していた奴は恐らく居ないだろう。

「時期を待つと、…そう言ったんだ。慌てるな、"ワンピース"は逃げやしねェ…」
「でもホラ、早速"黒ひげ"の奴等が暴れ出して……」

 人一倍熱心に新聞を読み込んでいたペンギンがそう言うと周りの幾人かが同調するように頷く。
 流石に"白ひげ"の領地であった島を占拠しよう云々といった意見は出ないが、かと言って世界各地に点在している"白ひげ"の領土が思い上がった海賊達に侵略されるが儘荒らされてゆく報道を見聞きするだけの状況も歯痒く感じていそうな雰囲気がこの場にある。

 しかし、新世界に渡る目的はあれど、今この時期に向かわなければいけない理由はない。否、無くなったと言うべきか。態々雑魚がひしめく中に身を投じても、小競り合いに絶えず巻き込まれて利益以上に被害が大きくなる可能性の方が濃い。

「潰し合う奴等は潰し合ってくれりゃ良い。つまらねェ戦いには参加しねェ。──ゴチャゴチャ言ってねェで黙って俺に従え…。取るべき椅子は、…必ず奪う!」
『船長〜!』

 今後の事を思うと、自然と片手が鬼哭の鞘に伸びていた。知らず語尾にも力が籠る。
 その差異に気が付くのは当然俺本人のみで、クルーは揃って此方の発言を鼓舞とでも受け取ったのか俄然テンションが上がっている奴ばかりになった。煩さに反応してかベポが身動ぐのが触れ合っている背中に伝わる。

「けど船長、それなら航路はどうするんです? 海軍本部の海兵が今は各地に散らばってる影響でシャボンディの駐屯所も人が少ないそうで、観光エリアはともかく、無法地帯は更に荒れてるとも聞きますよ。貴方の名も"麦わら"の共謀、及び協力者として挙げられてから間もないし……素人に毛が生えたような海賊達がある程度軍に潰されるまで待つなら、シャボンディは滞在地としてはあまり向かないんじゃないかと」
「……行き先は此処に変える」

 尤もな疑問を寄越してきたペンギンの胸元を目掛け、腰とベポの間へ置いていたエターナルポースを後ろ手に引き抜くと下から放る。
 危なげなくそれを受け取ったペンギンが改めて手中の品を眺め、隣に居るシャチと揃って分かりやすく目を見開いた。

「…ウォーターセブンのエターナルポース!」
「コレどうしたんスか!? 買ったなんて聞いてないっスよ!」
「女帝屋からだ。行き先を指図されてるみてェであまり気分は良くねェが…新世界へ行く前に、一旦船をメンテに出すのも悪くねェ。そのエターナルポースも現地で売れば少しは足しになるだろ」
「あ、そっか、ウォーターセブンて造船業の島だよな」
「しかも此処なら、ログが溜まっても次に針が示すのは魚人島の儘だ…海賊の出入りだって多いからきっと俺等が変に浮く事もない。"海賊女帝"も良い物くれましたね」

 元は寄港予定になかった地だが、現状最も理想に近い島ではある。
 "水の都"という別名が能力者の身からすると若干懸念を誘いはすれど、島全体の規模が大きく産業も発展しており、海列車という乗り物で特色が異なる別の島にも行ける事で有名な観光名所だ。長期的に滞在しようともそう直ぐには飽きさせないでくれるだろう期待が持てる。

 少し前に島を襲った高潮、アクア・ラグナによる被害が例年より酷かったらしいが、復興作業は完了間近だと数日前の新聞に載っていた。
 どの程度の水害を被ったのかは新聞を読み込まなかったが故に思い出せないものの、外から来る人間が落とす金で経済が回っている類いの島ならば宿泊施設の用意は早々に終えられている筈だ。

 急ぐ旅ではない。シャボンディの物価が存外安かった事もあり一旦シャボンディへ物資補給の為に寄るのもありかと自ら進路変更のきっかけを作らず此処まで来たが、こういった話の流れになったのだからきちんと行き先を指定した方が良いだろう。

「でも珍しい事もあるものですね。状況を見て熟慮した結果でしょうけど、貴方が他人の意見を参考にするような形で行き先を決めるなんて」
「面と向かって伝えられてもいねェ女帝屋の意なんざ汲む気はねェよ。お前が言うように、潜伏するには条件が良い島ってだけだ。アルトもウォーターセブンに行きたがってるようだしな。取り敢えず操舵室に居る奴等に、……」

 結局目を覚ます事なく再び寝入ったベポが動かなくなった事で、真後ろに在る恐らくベポの胸元だろう箇所へ後頭部を預ける。
 その儘日没まで惰眠でも貪ろうかと瞼を降ろしながら指示を出すも、俺の言葉半ばで間近から甲板の床を駆ける足音が聴こえたので今一度目を開けた。今しがたまで眼前には二人居た筈が一人減っている。

「オーイ、ペンギンどうした!?」
「どうしたもこうしたもあるかァ! 船長の真心をアルトへ届けに俺は行く! アイツ今夕飯の仕込み中だよな!?」
「お前船長の話ちゃんと聞いてた?」
「勿論だ! つまりは今回の騒動の影の功労者、アルトに対して船長から贈るご褒美旅行だろう!? ……んっ、待てよ、なら敢えてウォーターセブンに接近するまでアルトには行き先を教えずサプライズにするべきか…!?」
「お前船長の話ちゃんと聞いてた?」

 



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