「一つ、お伺いしても?」
「うん? 何だね」
「レイリーさんは覇気の使い手でしょうか」
「ほう、グランドラインの前半に居ながら覇気を知っているとは感心だ。私も使えるよ」

 図書館の在る島でローと共闘して以来、一つ気になっている事があった。「匂いも何もねェが、お前が能力を使うと妙に嫌な気配がするな」というローの発言だ。
 念に目覚めてはいなくとも感覚的にオーラの変化や動きを感じ取れる勘の鋭い人間は居るのでローはその類いかと思っていたが、レイリーの発言を受けて別の可能性が考えられる。

 ある程度戦歴の在る実力者、もとい覇気を扱える実戦経験値の高い人間であれば、視覚による認識こそ不可能でも感覚的にオーラと殺気の区別が付くのではないだろうか。
 であれば、互いに殺気ありきで敵と応酬するような事態に直面した時、相手が強い程に俺の「凝」なり「周」なりを交えた攻撃を本能的に"喰らってはいけない"と判断され、油断を誘えなくなる恐れがある。

 念が使えない人間からしてみれば、此方がどれだけオーラを練ろうが特定の箇所に集めようが視認出来ない。だからこそ、この世界で俺は今まで生身の人間相手ならばあまり大した怪我を負う事なく片を付けて来られた。

 けれども場数を踏んだ人間は敵が丸腰だと却って隠し武器を警戒するし、加えて能力者だと疑われそうでもある。
 殺傷力に長けた一撃必殺技を持たない俺のようなタイプはいかに巧く相手に隙を生ませるかも重要であるのに、一定以上の強者にオーラを気取られてしまうのはまずい。

「…………」

 物は試しと、全身を巡るオーラの流れを意識して体内で練り上げ、意図的に放出して「練」を行う。
 途端レイリーは眼鏡の奥の双眸を丸く象り、次には興味の色を滲ませてゆっくりと眇めた。

「…その様子だと、何かしら肌で感じる所があるんでしょうか」
「ああ。先程の言い様を引き継ぐなら、獣が唸っているようだ。尤も今のキミが敵意や悪意を持たないからか、威圧感はそう強くはないが……実際害意や、それこそ殺意を伴って向かって来られたなら油断は出来んと思わせるような空気が、キミを中心として感じられる」
「……ありがとうございます、参考になりました。今までにこれを気取った人はローだけだったので」

 仮説は概ね当たりらしい。そうなると今後は「絶」と「纏」の切り替えを一層素早く行えるように、可能なら「絶」状態から即座に任意の部位へより滑らかに「凝」を行えるようになれる事をも目標に、オーラ移動の訓練を積むべきだろう。

 流石にレイリー程の猛者に度々出くわす事はないと思いたいが、現実がどうなるかなど分からない。相手が念能力を使わない以上俺もオーラの多寡による目視での判断が出来ないので、相手に関わらず一定の警戒はすべきだ。

 レイリーの目に俺がどう映ったか解らないが、この会話は収穫である。
 そうして今度こそ下へ飛び降りようと浜辺の方に向き直った俺の背中に、今一度声がかかった。

「キミは何者だね、番犬君」

 第三者から見た俺はローの番犬なのか。それとも存外"ケルベロス"という空想上の生き物が有名なのか、レイリーが物知りなのか。
 いずれにせよ俺に出来る反応は、振り向いて首を横に振る事だけだ。

「…主人にも言っていない事を、貴方に明かす訳にはいきません。ごめんなさい」
「なるほど、それは致し方ないな」

 俺の返答に不服そうな素振りもなく笑って一つ頷いてくれるレイリーの態度に対する礼も込めて、会釈を返す。片手に杭と縄梯子の端を持った儘その場に立ち上がり、地面を軽く蹴って宙に身を投じた。

 幾つか岩を中継して下ってゆき、柔らかな白砂の敷き詰められた崖下の浜に降り立つ。粒子の細かな砂が着地に併せて勢いよく舞った。

「ごめん、お待たせ」
「顔を見せてから降りてくるまでに間が空いたが、何かあったか」
「レイリーさんと少し話してた。ルフィの事が気がかりだったみたい」
「そうか」

 幾つか岩を中継して降り立った崖下で寄越されたローからの質問に、縄梯子を手繰って束ねながら咄嗟にそんな風に答えていた。
 会話の内容をどう説明したものか頭の中で直ぐに組み立てられなかった事もそうだが、レイリーの「何者だ」という問いが引っかかっても居たのだ。

 もしローに同じ事を問われたら、やはりどう答えたら良いのか分からない。
 今更俺が能力者ではない、覇気も使えないと露見すればどんな反応が返ってくるのか予想がつかないし──考えたくもない。

 俺がローやハートの皆に出会ってから間もなく好意的に受け入れて貰えたのは、境遇を勘違いされた事も理由には含まれるが、俺の念能力が悪魔の実の能力だと誤解された事も大きい筈だ。だからこそ早い段階で戦力に数えて貰えたし、堂々と念を発動して諸々に貢献する事も叶っている。
 何より、その誤解が無ければ果たしてローに自分のクルーになるよう誘って貰えたか怪しい。

 トラファルガー・ローの事は信頼している。
 けれどもそれは、この人になら全てを晒しても良いと言う類いのものではない。この人にだけは全てを知って貰いたいと言う欲には繋がっていない。
 命を預けているつもりでは居るが、何もかもを受け入れてくれるだろうとまで甘える予定はない。

 "得体の知れない何か"を見る目をローから向けられる位なら、能力の本質そのものを誤解された儘で居る方が良いと言い切れる。勘違いされて困る事でもないのだから俺がボロを出さなければ済む話だ。

「ロー、これ」

 意識を他へと逸らさせたくて、甲板に上がる為の梯子を登りきってから上着に入れていた置物を取り出す。
 ローは一旦普段と変わらない表情で受け取ったものの、俺が片手を離した事で物の全容が露になると珍しく瞠目した。船乗りの間では有名な値打ち物なのだろうか。

「お前……何処でコイツを手に入れた。国に侵入してかっぱらったのか」
「濡れ衣過ぎる」

 罪状増やさないで欲しい。


 



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