「何なの二人して…、そうだシャチ、脚見せて」

 細身に見えてきちんと鍛えているペンギンと、細身でなくてやはりきちんと鍛えているシャチに左右から無言で痛い位の抱擁を受ける理由が判らず首を傾げながらも告げると、腰に巻き付いていたシャチの腕が離れた。併せてペンギンも退いてくれたのでその場にしゃがみ込む。

 改めてシャチの患部を診れば、脚の脛からふくらはぎにかけて布地が斜めに切れ、肌に切り傷が出来てしまっていた。切り口が鋭利で血も少なからず流れてはいるが骨にも神経にも影響は無さそうだ。
 掌のそれぞれを膝下と足首に添え、オーラをシャチの脚へと拡げて伸ばしてゆく。

「斬りつけられたの? 姫様刃物持ってるようには見えなかったけど」
「いんや、アレ"女帝"の能力だな。多分パラミシア。"女帝"が投げキッスしたら実際に小せェハートが口から生まれて、それがこう…本人の指の動きに合わせて弾丸みてェに飛んで来たんだ」
「キッスて。言い方古っ」
「反応すんの其処かよ!」
「ていうかそれって初動から発射まで結構時間かかりそうだよね、避けらんなかったの? 今こうやってしっかり会話出来るんだから、さっきも泥酔はしてなかったんだろ?」
「おっ前、"海賊女帝"が目の前でこっちに投げキッスしてきたんだぞ!? 釘付けだろ!」
「キッスて。言い方古っ」
「何で其処だけイジるんだよ!」
「はい、治ったよ」
「おう! …………、え?」

 俺の能力はあくまで生体にしか作用しないので破けた裾はその儘だが、傷は痕も残らず綺麗に治せた。ローとハンコック以外に直接"見えざる繭(ソフト・プリズン)"を使用したのも見せたのも初めてではあるが、痺れ粉を出して自他の体力を回復させるびっくり人間である事は皆承知しているからか、シャチもペンギンも露骨に気味悪がるような表情はしていない。

 そういう人達だと疑っていた訳ではないが、それでも思わず肩から力が抜けた。
 嘗て望んで就いた職、望んで得た念能力とは言え、この特異性をハンターでもない相手にすんなりと受け入れて貰えるのは言葉に換え難い有難さと嬉しさが在る。

「お? おお!? スゲェ、治った! 痕も何もねェ!」
「…凄いな。お前があの機械人形に撃たれた時、遠目ながら何かやってるようだったし、船に帰った頃には歩けてたからてっきり船長が何かしたのかと思ってたが……ほー、こんな事も出来たのか」
「……、この力、使えるのが一日三回までなんだ。つい十分ぐらい前に姫様にも使ったから、明日の夜まではあと一回しか使えないし、なるべく姫様の逆鱗触れないようにね。気位高い人みたいだし」

 患部であった箇所をまじまじ見つめるシャチとペンギンの反応がまるで手品でも見たそれのようで、何だか此方が拍子抜けしそうになる。

 自分の中の普通、常識、と呼ばれるものから外れる事柄には良くも悪くも反応しやすくなるのは大半の人間に共通している点の筈なのに、皆がこうもあるが儘を受け入れてくれるのは、やはり能力者であるローが頂に座しているからだろうか。此方側の人々は、と言うよりハートの皆は随分と感受性や思考が柔軟らしい。

 念の為注意を促しながら床に転がっていた空のコップを拾い上げて腰を上げると、同様に立ち上がったペンギンが自分の左手首に巻いた腕時計を一瞥して片眉を持ち上げた。

「もうすぐ日付変わるぞ。そうしたら回数はリセットされないのか?」
「一度目に使った時点から数えて二十四時間以内にあと二回しか使えない、って制限なんだ」
「ああ、そういう事か」
「仮に二十四時間の中で四回使ったらどうなるんだ」

 横からの問いかけに自然とローの方へ目線を移してしまうが、何と答えたものか直ぐには決められず言葉に詰まる。

 "見えざる繭(ソフトプリズン)"の発動条件は対象をオーラで包む、或いは覆うという単純なものなので、使用出来る回数と時間を限定する二つの制約で効果の増強をしている。
 制約を破る、イコール自らが何等かの被害を被る事が確定する場合が殆どであり、俺も例には漏れていない。その反動も「発」を開発する際に併せて決めてあり、出来れば一度たりとも浴びたくない。

 これは念を習得し、且つきちんと念の基礎を知っている者であるなら想像は容易い事柄だが、ロー達は"念"の存在を知らないしこの先知る機会も無い。幾らローが悪魔の実の能力者とは言え、条件に反するだけで自動的に罰を喰らう仕組みをどう説明したものだろう。

「例えばだけど、…四回目にローの怪我を治したとして、被術者のローが何か害に遭う事は無いよ」
「なら施術者のお前には副作用みてェな影響がある訳だな」

 即答されて内心舌を巻いた。焦点をずらして答えたのに直ぐ様戻されたばかりか看破されて参る。
 俺の回答の仕方が不服なのかローの眉間に浅い皺が生まれるが、話を掘り下げない俺を見つめる瞳は数拍の後に瞼が隠した。

「何だよアルト、そんな言い方されっと気になるぜ?」
「良い。四回目は使わせねェ、それだけだ」

 唇を尖らせて言及するシャチの言葉尻にローの低音が被さる。話は終わりだとばかりに組んでいた腕を解いて元来た方向へ踵を返すローを見遣り、次に俺へと目を向けたシャチが何か言葉を重ねるより先に、ローが肩越しに視線を寄越してきた。

「万能になんざ成り得ねェ人間が、テメェの限界どころか可能性をも超えた力を持つんだ。リスクが無い方が可笑しい…。能力にお前を喰わせやしねェよ」

 その台詞を最後にローは普段と変わらない歩調で廊下を進み、二階に続く階段を昇って行った。その背を見送ってから自分も冷めてしまったミルクを温め直しに行こうとしていた最中であったと思い出す。
 何となしに二人を見れば四つの瞳とかち合って、誰からともなく思い思いに表情へ幾ばくかの変化を見せた。

「良い飼い主に拾って貰ったな」
「船長が今年一番デレたなァ」
「ペンギンさんその顔やめよう?」

 



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