先行した二人が曲がった道を同様に行くと、直ぐ先に屋台が在り、その前で何故かアルトが顔を覆ってしゃがみこんでいた。

 ベポも眉を下げて隣にしゃがみ、周りを数人の若い女が囲んでいる。
 水商売や娼婦とも異なる極普通の格好で、アルトを窺うように眺めるだけでやたらと絡まない所を見るとちょっかいを出したい訳でもなさそうだ。

 全く状況が掴めず、一先ず歩み寄る。足音を耳にして此方に顔を向けた女達が、船長の存在に気付いて一気に浮わついた雰囲気を纏った。
 船長の顔は誰が見ても「整っている」と答えるであろう造形なので一般人女性のこういった反応は本人のみならず俺達も最早慣れたが、黄色い声を上げて接触を図って来ない分彼女達はまだ感じが良い。

「ベポ、アルトはどうした」
「あっキャプテン! 見て見てこれ!」

 声をかけた船長に反応したベポがその手に持っていた四つ折りの紙切れを渡してくる。
 怪訝そうな顔で受け取った船長が開くそれを俺とシャチが左右から覗き、次には紙面に掲載されていた内容にこぞって口を開いた。

「…これは、」
「うわ、マジで!? 六千万!?」

 ベポが差し出した紙は、他でもないアルトの手配書だった。
 シャボンディで、恐らく負傷後の所を撮られたのだろう。眉を寄せた険しい顔つきの写真が使われ、あの時傍に居た船長の服が写り込んでいる。
 船長とアルトにバーソロミュー・くまの偽物を任せている間応戦した海軍兵の中にはカメラを持った相手など居なかった筈だが、いつ撮られたのかさっぱりだ。

 懸賞金額は生死問わず六千万、と明記されている。初頭手配額としてはかなり高い。
 予想だにしていなかった事態に俺とシャチが目を白黒させている横で、ベポがアルトの背中を優しく摩りながら此方を向いた。

「其処でドーナツ買おうとしたらさ、この女の人達がアルトの名前呼んで話しかけてきて…何で名前知ってるんだって訊いたらそれ見せてくれたんだ」
「今日から指名手配の身…」

 ベポの説明に併せ、アルトが弱々しい声色で漏らした呟きが耳に届く。女達もまさか当事者がこの事実を知らないとは思っていなかったのか、やや困惑した顔でアルトの傍に寄った。

「だ、大丈夫よアルト君! 私達は本心から応援してるよ?」
「そうよ、君みたいなちょっと可愛い感じもある子が海賊ってギャップあるもの! キャベンディッシュ様ともまた違った路線だし、良いと思うわ!」
「しかも船長さんはトラファルガー・ロー! 色気ある大人の男と無邪気な青年が居るなんて本当、私ハートの海賊団のファンになっちゃう!」
「お姉さん、海賊やってる時点で俺に無邪気さなんて要素はないです…あと何だかんだで犯罪者なので応援されるとその優しさがやけに沁みますし、多分それ大っぴらに言わない方が良いですよ…」

 しょぼくれるアルトに庇護欲でも刺激されたのか女達が代わる代わるややずれたフォローを寄越すが、無法者な上に指名手配犯となったアルトの口からは割と冷静な返答しか出て来ない。確かに俺達は勧善懲悪の振る舞いを貫徹するような集団ではないので、応援されても果たして喜んで良いのかは解らないが。

 若く容姿の良い女達に構われるアルトを見て血の涙でも流しそうなシャチを視界から外し、アルトとベポが寄ろうとしていた屋台に歩み寄る。
 店頭には蜂蜜と粉砂糖がたっぷりとかけられ、その表面を炙ったらしき見た目のドーナツが並んでいた。港に漂っていた香りの正体はこれだろう。

 二つ買い、ベポとアルトの前にそれぞれ差し出してやる。素直に受け取った両者が立ち上がった事で俺達が移動する事を察したらしい女達は「頑張ってねー」と声を上げつつ引き際良く立ち去ってくれた。
 街の中心部へ向けて歩き出しながら、幾分難しい顔で手配書を眺め続けている船長の横顔を見る。

「驚きましたね。人を殺しても軍艦を沈めたりしてもいないアルトが、何故こんな…」
「…予想ではあるが、あの妙な機械人間の所為だろうな」

 船長が零した言葉に、ドーナツを齧りながら反対隣を歩くアルトが顔を上げた。目を合わせなくとも続きを促すような視線は感じるのだろう、間を置かずに船長が再び唇を開く。

「あれはそれこそ"天竜人"が害されるような大事でも起きねェ限り公の場には投入されねェ、海軍にとっての奥の手だった筈だ。だのにあっさりアルトが壊したのが問題視されたんだろ」
「何で秘策って思うの?」
「先ず、新聞であんなモンの存在が報じられた覚えがねェ。あれだけ高度な科学技術を用いたロボット兵器がもし量産化されてんなら各地の駐屯所への配置が望まれて、何なら実現していても可笑しくない。なのに今まで世間へ存在を明かさなかったのは、隠すべき理由か、でなきゃ隠したい目的があったんだろ」

 そう言われると、確かに非公開の存在とするメリットは少ないように思える。

「ハイスペックだし機械なんだから痛みも疲れも感じないし、普通に考えたら、寧ろ脅威を知らしめる為に前面に押し出しそうなものだけど…」
「市民への好感度云々もあるだろうがな。あれは防衛の域を越えた殺戮兵器だ。…が、そんな満を持して投入した最新の武力が、生身のお前に蹴り一発で破壊された。軍がお前を警戒対象と見なすのは考えてみりゃ当然だな」

 そう締め括った船長から視線を寄越されたアルトの顔は相変わらず苦々しい。

 アルトは海賊として名を上げたいと言うような意見を口にした事は一度もなく、どちらかと言えば「ハートの海賊団の船長」ではなく「トラファルガー・ロー」の下に就くという若干特殊なスタンスで居る。
 賞金を懸けられれば当然余所から狙われる機会も可能性も跳ね上がるので、根が好戦的な訳でもないアルトには手放しで喜べる"躍進"ではないのだろう。

「しっかし、大層な二つ名を頂戴したな」
「ペンギンさん、それがどういう意味の名前なのか知ってるの?」

 思わず口端を吊り上げた俺の発言に、アルトが訝しげに首を傾げる。
 賞金首となった海賊はその見た目、能力、或いは出身地や特徴などから何かしら二つ名を付けられるのだが、アルトも例に漏れず手配書にそれがしっかりと書かれていた。

 指名手配された事実に驚いてよく見てはいなかったのか、後ろから覗いていたベポが首を傾げる。

「ke…r…キャプテン、これ何て読むの?」
「"ケルベロス"だ」

 



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