見る、と言うよりも睨む目つきのローと視線を真正面から交わらせる。
 帽子のつばが落とす影の中で双眸の虹彩から光が退いているのは正直緊張を誘発されるが、出来れば俺個人で片を付けたい。

 ロボットは全身が金属で出来ているのが定石だ。あの厚みも幅もある巨体へ斬りかかったらローの刀が刃零れしてしまうかもしれないし、念の使えないローやキッドでは肉弾戦に持ち込むのも難しいだろう。
 サークルの範囲内で離れた位置からローが斬撃を飛ばしても、刀を振り降ろした刹那の体重が移動する瞬間を文字通りの光速で狙い撃ちされれば避けられると断言も出来ない筈だ。

「くま屋の中身が機械だらけだと言うなら、お前の痺れ粉は無効だろ。接近してどうなる」
「身体全部が機械かどうかはあの見た目じゃ判断つかない。加工されてるのは喉だけで、胸の筋肉か肺か心臓か、その辺が残存しているなら効果は出るよ。失神させられるかもしれないし、それが叶わなくても隙を作れる可能性は低くない。其処を狙って斬りかかってくれたら、ローの能力ならアイツを行動不能にまで持ち込めるんじゃないかと思って」
「………議論してる時間はねェな…」

 俺はくまがオーラを内包していない事を現実として視覚で確認した。つまりアレが生命体ではないと確信を持って言えるが、ローには嘘をついた。
 先程の失敗もあるし、俺の能力が効かないと断じてしまえばあんな人造兵器に近付けさせては貰えないだろう。

 どんどん近付いてくる複数の海兵の駆ける音や声にシャチ達の方を見遣って今一度舌を打ったローの、やはり鋭い儘の眼差しが再び俺を捉える。
 準備は出来てるから行かせてくれ、との意味を込めて浅く頷くと、深い溜め息を吐き出しながら左手を肘近くの高さまで持ち上げた。

「ヘマしやがったら丸刈りにするぞ」

 予想外の釘の刺し方へ反応する前に景色が切り替わり、瞬きをすると共に身体が宙に浮いた。
 直ぐ足元に癖毛の黒髪が見え、くまの頭だと気付いてその肩に着地する。瞳だけ動かして確認するとローの隣には先刻まで無かった筈のしゃぼん玉が浮いていた。

 痺れ粉を吸わせる前提でローの能力を借りた為、ポーズとして一応手を伸ばしてくまの口元へ翳しながらも片膝をつき、反対の手で足元の服を掴むと「凝」をした足で思いきりくまの項を蹴りつけた。
 ゴガァン! と、人体からは到底発生し得ない硬い音が響く。

 だが、くまの身体は幾らか前に傾いだだけで踏みとどまった。念の使えない常人ならば首の骨が折れていても不思議ではない程度にはオーラを込めたのに、だ。

「っマジかよ!?」

 「凝」で通用しないのなら全身を覆うオーラ量を増やす「堅」、或いは肉体の一箇所にオーラを集中させる「硬」で対応するしかない。ただし「硬」は俺の負うリスクが低くない。
 そうやって次の手に迷ったと同時、体躯に見合った大きな手に伸ばした脚を掴まれた。

 折られる。
 そう感じて「凝」の範囲を拡げるよりも早く、ふくらはぎの側面を棒の先端でドッ、と強く叩かれるような感触。

 其処から一拍遅れて、熱さと激痛が爆発した。

「………、…っ! っが……ァあ…ッ…!!」

 頭の中も瞼の裏も、痛みが真っ赤に染め上げる。
 喉の奥が勝手に締まって絞り出すように声が漏れ、瞬きをする間に額と背中へびっしりと脂汗が吹き出し、風が吹くと其処等だけがひやりとする。

 脚の肉の中へ熱した鉄の棒を捩じ込まれたような凄まじい痛みに全身の力が萎え、上体を支える肘が曲がって肩から滑り落ちそうになるのを、震える手でくまの服を掴み直して堪えた。

 前方でボォン、と幾度目になるか分からない爆発音が聞こえる。
 は、は、は、と浅く短い間隔で喘ぐように呼吸を繰り返しつつ目線だけを上げると、正面にある木の根が焦げて抉られていた。

 傍には刀を眼前で縦に構えた姿勢のローが居て、多少は離れているにも拘わらず、眉間の皺がはっきり視認出来る位に怒気も露な表情で此方を睨みつけている。

 視線を真横にずらすと、依然として俺の痙攣し始めた脚を捕らえている手の、指と指の隙間から鮮やかな緋色をした真新しい血が筋になって流れ出し、次々雫に代わって濡れた音を立てながら地面に零れていた。

 光線で肉を焼かれて持って行かれた、と漸く理解する。
 これでくまに手を離されれば剥き出しの肉や神経に外気が当たり、より強く握られたならやはり露出した傷口に異物が触れて、更に痛みの度合いが増す。それは御免被る。俺はどちらかと言うと痛みに弱い。ローが何かしらの形で手を出して来ないのは、こういった可能性をも考慮してくれているが故だろうか。

「……ッぁあああア痛ってーなンの野郎!!」

 呼吸の度にふくらはぎで脈打つ痛みのあまりの酷さに耐え切れず、喉がちくりと痛む程の声量で叫びながら両手と片足の「凝」を解き、無事な脚の足首から下へオーラを集めてそれ以外の部位の精孔を閉じ、「硬」の状態へ変化させる。流れる汗で前髪が額に張り付く。
 機械でありながら何か感じ取りでもしたのかくまが顔を此方に向けたが、その口が開くより俺が両手をくまの肩について身体を支える方が早く、その口の中へ光が集まり出すよりも俺が脚を振るう方が速かった。

 ──バギボゴシャッ!!

 蹴りつけた箇所から重たい鉄の扉を力尽くで叩き潰したような破壊音が生まれ、人間の首の形をした金属の塊が、半ばから横へ真っ二つに割れる。
 表面を覆う皮膚に似た素材がもげた頭部に引っ張られて伸び、けれども頭の重さに負けてみちみちと音を立てながら引き千切れ、悲鳴はおろか機械のエラー音の類いも一つとして発さずに頭は転げ落ちた。

 しかしくまは生きていない。故に、俺の脚を掴む力は全く変わらない。
 頭部が身体と連結していない為かレーザーの二撃目が放たれない事は救いだが、次第に血行が悪くなって足の指が痺れてきた。

 加えて、鋼鉄製の管やコード類の犇めく首の断面と皮膚を模す素材の間から多少だが赤々とした液体が滲み出てくる様子に、生理的な嫌悪感と不快感を煽られる。製作者の意向なのか知らないが、破損すれば疑似とは言え血液じみたものが出る細工は悪趣味だ。

 そう思って眉を寄せた所で、傍らの腕へ音もなく一本の線が走り、くまの手が自重に従って傾いたと思うと切り離されて落下した。

「ぅ、っわ……!」

 当然、俺も引っ張られて落ちる。オーラを再度身体全体に巡らせて頑丈さを強化するどころか、受け身を取る余裕すら脚を苛む激痛に削がれた状態で視界がぐるりと回り────地面とぶつかった際に患部が受けるであろう衝撃を想像して思わず固く両目を瞑った、直後。

「言ったよな」

 後頭部に弾力のある感触が在ると知覚し、それを不思議に思って瞼を開けるのと、口から炎でも吐き出しそうな──つまり悪魔かと思わせるような──凄んだ表情で俺を真上から見下ろすローと視線が合うのは、同時だった。

「ヘマしたら丸刈りにする、と」

 



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